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「午後の最後の芝生」(「中国行きのスロウ・ボート」)村上春樹 [落ち込んだときに]


「午後の最後の芝生」(「中国行きのスロウ・ボート」収録)村上春樹
1983年5月初版 中央公論社

「午後の最後の芝生」は失恋したときに読むものだ、という気がする作品だ。
あるいは、なぜあの時の恋はうまくいかなかったのだろう、と昔の恋を振り返る時に。
多分、失恋を癒してくれる薬などどこにも無い。
でも、この作品は、長い時間を経て、ある時失った恋について「そうだったのか」と思わせてくれる
何かがあるように思う。

内容は彼女に手紙1通で別れを告げられた若者の話だ。
彼女との夏の小旅行を楽しむための費用を稼ぐために芝生刈りのアルバイトをしていたが、その必要もなくなり、この仕事が最後、というその最後の芝生刈りに行った1日の出来事が描かれている。

彼が最後の仕事に向かう途中に考える、彼女と行こうとしていた旅行の表現が妙にリアルだ。
私は何故かいつも海に旅するとこの表現を思い出す。
「ひやりとした海と熱い砂浜」そして、「エア・コンディショナーのきいた小さな部屋とぱりっとしたブルーのシーツ」を交互に彼は思い浮かべる。

彼はとても丁寧に芝生を刈るので、評判が良い。でも、その分、時間もかかるから割りには合わない。そのことと、彼女が別れの手紙に書いていた「やさしくてとても立派な人」だと思っているけれど、「それだけじゃ足りないんじゃないかという気がした」ということが関係があるのか断言はできないが、どこかつながっている部分はあるように思える。

最後の仕事が終わって、その家の女主人が不思議な依頼を彼に申し出る。
自分の若い娘の部屋に連れて行き、机やクローゼットを彼に見せて、「どう思う?」と聞くのだ。
何かあったのだろうか、と思うしかない、普通はありえない状況だ。
彼は、その娘が自分の体や考えていること、求めていることや他人が要求していることなどになじめないのではないか、と答える。

初めて読んだ若い頃は、これがどんなことを意味しているのかわからなかった。
今は、なんとなく物語の中でどんな重みを持つのか、そして、そのこと自体がどんなに辛く、空虚なことなのかわかるようになった。
しばらくぶりに読み直して、昔何度読んでもピンとこなかった部分がしっくりくるようになる。
齢を重ねるのも、苦労をするのも悪くないな、とふと思う。

「中国行きのスロウ・ボート」は、村上春樹氏にとって始めての短編集だ。初期の乾いた感じや、
素朴なテーマがきっと最近の作品から入った読者には新鮮だと思う。
表題にもなっている作品も切ない物語だ。こちらも、ぜひ読んでいただきたい。
表紙の安西水丸氏の洋なしのイラストが印象的である。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

中国行きのスロウ・ボート

中国行きのスロウ・ボート

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1983/05
  • メディア: 単行本


中国行きのスロウ・ボート

中国行きのスロウ・ボート

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1997/04
  • メディア: 文庫


nice!(2)  コメント(4) 
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コメント 4

piro

なにげなくサーフィンしていたら、
大好きな「中国行きのスローボード」の表紙が目に入ってきました.
「午後の最後の芝生」はとくに好きで、単行本や文庫本などで、
何度も買い直して読んでいます.(旅行のときにつれていきます)

初めて読んだときはまだ高校生で、村上さんもまだ若かったのでしょう。
そのころの村上さんと同じような年代になった自分を、
高校生の自分が見たらどう思うかなって、ちょっと気になります.

年はとるものですね、時間はみんなに平等ですから。
by piro (2005-11-28 23:51) 

sei71

こんばんは.
私村上春樹のファンで,この作品も読みました.
この短編集はどれも好きですね.
読んだときの気分や時期で好きな短編が変化するのがまた面白い.
この短編集に一番雰囲気が近いのが,東京奇譚集のように感じるのは
私だけでしょうか・・・.
by sei71 (2005-11-29 20:39) 

ニライカナイ店主

piroさんへ>
ナイス&コメントありがとうございます。
同年代ですな(笑)?私は正直ピンボールは?という感じでしたが、
この短編集、特にこの作品ですっかりはまりました。
なんでなのか今までよくわからなかった部分が、今回読み直して
「おっと、そうか」ということを感じ、読み時だったのかなーと思ってます。
by ニライカナイ店主 (2005-11-29 21:06) 

ニライカナイ店主

惺さんへ>
ナイス&コメントありがとうございます。
実は私、まだ「東京奇譚集」未読です。今までは出たら買い、だったのですが、
スペースの事情等で図書館をより活用するように変えました。
このままいくと、床が抜けそうなので・・・。でも、リクエスト出しているので
もうすぐ。惺さんがそうおっしゃるなら尚更楽しみにしています。
最近、村上春樹氏の作品は、小説よりエッセイが好きな私です。なぜかは
自分でもわかりませんが・・・。
by ニライカナイ店主 (2005-11-29 21:12) 

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