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十通の手紙 6 [ゴールデンブログアワードノベル]


第2章 <7>

 僕の大学の前期の試験が迫り、結構やばい科目もあって、真面目なやつのノートを借りまくり、
さすがに焦って勉強を始めた頃だった。
 めずらしく、夜十時を過ぎた遅い時間に理沙から電話がかかってきた。

 理沙はきちんと育てられた娘なのか、夜遅い時間に電話をかけてくるようなことはしなかった。
まだ携帯電話などない時代の話だ。電話がかかってくれば、家族に迷惑もかかるし、早い家はもう
眠る支度をしているだろう、ということをちゃんと考えるようにしつけられている女の子だった。
 だからその時、なぜそんな時間なのに理沙がかけてきたのか、僕はよくよく考えるべきだった。
しかし僕はちょうど翌日締め切りの、試験の前に提出しておかなければならないレポートを一夜
漬けで書いているところだった。
「どうした?めずらしいな、こんな時間に。今、明日までのレポートを書いているんだ。」
 理沙は、少しためらった後、
「ごめんなさい、こんなに遅く。そうね、試験が近かったのよね。急がなくていいの。試験が終わって
からで・・・。ごめんね、また連絡するね。」と早口で言い、電話を切った。
 寝不足が続いてぼんやりしていた僕は、その時に少しでも彼女が何を言いたかったのか考えよう
としただろうか?いや、NOだ。
 僕は、明日の夜にでも電話しなおそうとその時は思っていたが、翌日そのことを思い出した時には
もう十一時を回っていた。

 そして、試験が無事終わって理沙に電話しようとした頃、高校時代の友人から想像もできない話を
聞くことになった。

<8>

 そいつは、高校時代のトリプルデートの「第三の男」だった。彼とは、新宿の紀伊国屋で専門書
コーナーにいるところでばったり会った。
 彼は関東北部に移設された国立大学の理系に通っていたはずだ。試験が終わり、夏休みでこっ
ちに帰ってきたらしい。久々だったので、近くでお茶することにした。

 高校時代のいろんなヤツのその後を、少し遠い地にいるはずの彼のほうがよく知っていた。要は、
僕よりマメな人間は山のようにいるということだ。

「そういえばさ、佐伯は最近いい女と付き合っているらしいぜ。」
 女、という言い方がいかにも嫌な感じだった。あまり興味はなかったが、話を合わせて聞いている
と、ヤツは次のタバコに火をつけながら言った。
「ほら、高二の時さあ、渋谷でお子様デートしたじゃない?あの時の一番地味だったけど、きれい
だった子だってさ。なんでも同じ大学に入ったらしくって・・・。」

 僕は、その後ヤツがいろいろ語った具体的な二人の付き合いの様子を聞いたはずだけれど、実は
よく覚えていない。非現実的だったし、そりゃ佐伯のでまかせだろうという気持ちと、その一方で
理沙ともう何週間も話していないことに気づいた。
 最後の電話は・・・そうだ、あの理沙らしくない電話だった。

 とにかく、理沙と直接話をしたかった。しなければ、と思った。そんな、理沙が佐伯と付き合って
いるなんて、そんなことがあるはずがないと思った。理沙に限って、そんな。

 旧友とは早々に別れ、公衆電話で理沙の家に連絡をした。そのまま家に帰ったら、電話をするに
は遅くなってしまうからだ。
 理沙のお母さんが電話に出た。
「すみません、理沙はまだ帰っていないんですよ。お友達と出かける約束があるそうで、今日は遅く
なるといっていました。」
 もう、九時に近い。理沙の門限は大学に入ってから十時に伸びてはいたけれど、こんな時間まで
いったい誰と何をしているというのだろう?確かに、佐伯じゃないかもしれない。最近入ったクラブの
メンバーと夕食を食べているのかもしれない。
 それにしても、嫌な感じがした。

 その翌日、理沙から一通の手紙が来た。

<9>
 
  私は、もうあなたに会うことができないかもしれません。
  心から、今すぐにでも会いたいけれど、もうあなたの顔をまっすぐ見ることができないかも
  しれません。
  私は、自分の至らなさと、思慮の無さから、大きな過ちを犯してしまいました。
  それがどんなことなのか、とてもここに書くことはできません。
  私自身、とてもショックな出来事でした。
  でも、きっと、すべては私があなたを信じきれなかったことから始まっているのです。
  あなたとのことを何よりも大切に考えていれば、こんなことにはならなかったと思うからです。

  今までは、あなたと会えない時間、話せない時間、切なくてもとても幸せでした。
  でも、最近はあなたと会えない時間は辛く、何か少しの疑惑を感じるだけでもあなたを疑い、
  自分など本当はあなたにとってたいしたことの無い存在なのではないか、と苦しい思いで
  一杯でした。
  そして私は、あなたを裏切ることをしてしまいました。
  たとえ、それが私の本意でなかったとしても、二度と消すことはできない事実です。

  考えてみれば、あなたにはあなたにふさわしい世界の人が周りにたくさんいるんですよね。
  それにさえ気づかず、自分ひとりが幸せな気持ちに浸っていた私はばかでした。

  あなたの本当の気持ちに気が付かずに、本当にごめんなさい。

  さようなら。今までたくさんの幸せをありがとうございました。           理沙

 理沙の手紙を読み終わると、僕は立ち上がった。
 まず、僕が会わなければならないのは理沙ではなく、佐伯だった。(続)


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武田のおじさん

ガガ~~~~ン。
なんと言う運命のいたずら・・・。ほんと、辛い~っ。
大切に思うからこそ、プラトニックを通して来たのに・・・。
そこのところが、ほんと、難しいのよね~。
あ~~~~~~~っ。切ない~~~~~っ。
理沙さん・・・。涙・涙・涙・・・・・。
佐伯のやろ~ぶっとばしてやる~~~~っ。
by 武田のおじさん (2006-01-25 03:27) 

ニライカナイ店主

武田さんへ>
ナイスとコメントをありがとうございます・・・。
>そこのところが、ほんと、難しいのよね~。
そうなんですよね。自分で書いていてもそこのところをちゃんと書きたいと
思っています。武田さんのコメントを拝読していると、この物語を愛して
下さっているように思えて、筆者として大変うれしいです。ありがとうございます。
by ニライカナイ店主 (2006-01-25 09:58) 

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