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十通の手紙 14 [ゴールデンブログアワードノベル]


第5章 <4>

 レストランを出て、羽田に向かった。

 途中、理沙がまた、何故自分が第二外国語にドイツ語を選んだのか、というクイズを出した。
 僕は「外国の童話が好きだったからだって言ってたじゃないか?」と答える。理沙はあら、そんなこと覚えていたの?と笑いながら言った。

「あなたが医大生だったからよ。本当に鈍いのね、あなたは。」
 言葉に詰まった僕を尻目に、理沙は遠くを見るような目をして余裕の笑顔だ。この笑顔が理沙の十年だったのだろうか。

 理沙が、CDを換えていいか、と聞く。
「これをもう一度、あなたと一緒に聞きたかったの。覚えてないかもね、あなたのことだから。」
 理沙がCDを入れ替え曲番号を指定すると、赤ん坊をあやすときのガラガラのような、チャイムの
ようなかすかな音が聞こえてきた。やがて、重低音のリズムが走り出す。

 達郎の「メリー・ゴー・ラウンド」だ。

「ねえ、この曲、私と二人でいつ聴いたか覚えている?」
「そりゃ、あのドライブの時だろ?そのくらい覚えてるよ。」
 理沙は意外そうな顔をした。
「あら、覚えていたんだ・・・。私ね、この曲が車でかかった時、本当はあなたとどうなってもいいと
思っていたの。今思うと笑っちゃうけれど、あの時は本気だったのよ。だって、この曲の歌詞、
ちゃんと聴いたことはある?誘っているとしか思えない歌詞よ。」

 僕はいまだに曲の歌詞には無頓着である。でも、今聴いてみると、確かにそういう歌詞だ。

 理沙は見えてきた羽田のターミナルを見やりながらつぶやいた。

「でもね、この曲は結局ハッピーエンドではないの。私は、今日のためにこの間CDを買って、
ちゃんと歌詞を聴きなおすまで、それに気が付かなかった・・・。だからね、私もあなたとおあいこ。
ただ、十年間甘い思い出に浸って夢見る夢子ちゃんを演じていただけなのかもね・・・。」
 僕は答える言葉を持たなかった。

 理沙は第二ターミナルに近い駐車場に入れてほしいと言った。
 僕は羽田には学会に行く時に来るくらいで、新しくできた第二ターミナルはほとんどわからず、
車を降りると理沙のあとを追いかけるように歩いた。それを見た理沙は微笑んで、そっと僕の手を
つかんだ。暖かくて小さな理沙の手が僕をターミナルの高みへと導いていく。

 最上階には、外に出られるデッキがあった。僕たちに向かって、飛行機が行儀よく並んでいる。
これから旅立とうとする機体もあれば、旅を終えて一休みしようと戻ってくる機体もある。

 そのデッキは平日だからか、少し風が強いせいか、誰一人いなかった。
「きれいね」
 理沙が金網越しにイルミネーションを眺めてつぶやいた。
 僕の手は、やさしい理沙の手に握られたままだ。

 理沙は、ゆっくりと僕の手を自分の方へ引きよせた。
「今日はありがとう。約束を守ってくれて。」
 理沙の言葉を聞いても、僕は複雑な気持ちだった。
 理沙は僕を十年間愛し続けた。僕は、十年たっても理沙を嫌いになどならなかった。
 それは紛れもない真実だった。

「私は、あなたを十年間愛することができて幸せでした。」
 僕と理沙は、お互いの目を見詰め合った。
 今は、何も考える必要などなかった。

 ふたり、どちらからともなく、抱きしめあった。

 十年間の年月はまるで刹那のように。

 ふたりの互いを抱きしめる姿はまるで自分自身を抱きしめるように。

 僕らは二人とも、暖かな涙を流していた。まるで、それが生きていることの証であるかのように。

 その時、飛行機が離陸する轟音が何もかもをかき消していった。(続)


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