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十通の手紙 15     (最終回) [ゴールデンブログアワードノベル]


最終章 <1>

 その後のことを何から話そう。


 あの日僕は羽田のエスカレーターを降りながら、理沙と新しい生き方を始めるために、考えなけれ
ばならない多くのことを頭に思い浮かべていた。同じときに、自分の一段前で降りていく理沙が何を
考えていたのかなど、露ほども想像していなかった。

 ロビー階に降り立ち、僕が理沙に声をかけようとしたその時、理沙は振り返り僕を見つめた。
 そして、静かに、でもしっかりとした声で言った。

「ごめんなさい。これでお別れしましょう。私、あと三十分で出発する便で旅に出るの。
体調を治しながら、しばらくのんびりしようかと思って・・・。あなたともう一度会ったら、
出かけようと決めていたの。神様からのプレゼントをたくさん抱えて。」

 理沙は、始めからこれを最後にしようと決めていたのだ。

「そのお別れって・・・まさか、もう会わないってことなのか?」

 理沙は何かを探すような目でふと宙を見た後、つぶやいた。

「人生は旅のようなものなのよ。でも、きっと変わらないものもあるのかもしれないわね。
あなたのような人は、焦らずに考えたほうがいい。私のような人間は、すこし頭をカラにする時間も
必要かもしれない。」

 正直に言えばショックだった。僕と理沙は全く逆のことを考えていたのだから。しかし、理沙がどれ
だけ苦しんでこうしようと決めたのか。すべて原因は僕にあるのだ。

 でも、もう僕は、もう自分の気持ちを知っていた。
 二度と、狂った歯車を諦めたりしない。

 僕は、理沙の顔を正面から見て言った。

「じゃあ、今度は僕と約束してくれ。あと十年たって、もし僕が君を愛していて、君も僕を愛してくれて
いたら、一緒に暮らしてくれないか?」

 理沙は一瞬おどろいたようだった。

 そう、僕は変わった。理沙と会えなかった十年も、理沙と再会した短い時間も、ついさっき初めて
理沙を抱きしめたことも、すべてが僕を変えていく。もう、からっぽの僕ではない。理沙の居場所を自
分の中に抱きながらも、一人の人間として自分自身を一歩ずつ生きていく人間となっていく。

「そうね、約束しましょう。十年後、もしそうならば、あなたを探すわ。あなたも、私を探して。
きっと同じ気持ちなら、まためぐり合える。その時こそ、ずっと二人で生きて行きましょう。」

 理沙は僕とつないだ手をそっと離し、クレジットカードをバッグから取り出すとすばやくチェックイン機に通し、彼女をどこかへ連れて行くチケットを引き出した。

 そして理沙は、あのすてきな笑顔を残して搭乗口へと消えていった。

<2>

 家に帰ると、真理子が暗い部屋の中で電気もつけずにダイニングのイスに座っていた。
 僕が電気をつけると、真理子は泣いていた。
 そのダイニングテーブルの上には、理沙が送ってきた十通の手紙が乗せられていた。僕が、自分
の机の奥底に隠してきたものだ。
 どうやって、何故、この十通の手紙を真理子が見つけたのかはわからない。
 しかし、真理子のプライドは粉々に砕かれたのだ。もう、何を言っても多分信じてくれないだろうし、
今更修復する価値のある関係だと真理子自身も思うかどうか僕にはわからなかった。

 翌日には既に、その話は両家の親たち同士の間の話になってしまっていた。

 真理子があっという間に最小限の荷物を持って、あの赤いアウディで僕らの家を去っていった
からだ。真理子は実家に電話連絡をし、事情を伝えた上で、おそらくマウイ島の静かなリゾート
あたりにしばらく滞在することになったらしい。真理子は電話での連絡は実家ととっているらしかった
が、義母にさえその居場所を告げなかったという。
 僕にできることは、真理子が僕たちの空虚な関係を認めた上で、真理子自身の幸せのためにどう
することが一番いいのかを考えられるよう、時間を確保し、その間だけでも出来る限り真理子を周り
の小言や意見から守ることだった。そのために、日本に居る僕が一人真理子の実家からの攻撃に
さらされても、やむをえないことなのだ。
 僕と同じように、真理子も自分自身を見つめる時間が必要だった。

 二年間の別居の後、僕と真理子は別れた。もちろん、僕は慰謝料を申し出た。理沙と会ったこと
も、もう僕の心は理沙の元にあることは本当のことだから。しかし、真理子は拒絶した。
「あなたからもらうものは、もう何もない。」と。


 僕は、今一人で暮らしている。
 その暮らしは真理子が居た時とあまり変わり映えの無いもののような気がする。

 理沙の携帯番号のメモは、引き出しの奥深くにしまったままだ。
 
 あの羽田での別れから十年後に、僕と理沙がどうなっているのかは神様でもわからないだろう。
 まだ長い時が果てしないトンネルのように僕らの前に続いている。

 それでも、僕には一つだけわかることがある。

 僕も、理沙も、そしておそらくは真理子も、きっと自分がどんな人間なのかということを、あの頃と
比べものにならないほど、しっかりそれぞれの手につかんで歩き続けていることだろう。

 それは、きっと生きていく道のりにおいて、最も苦しく、最も美しいことなのだと僕は信じている。
                                                       (了)

<注>第4章<1>、第5章<4>において、山下達郎氏のアルバム「MELODIES」より
「メリー・ゴー・ラウンド」の歌詞の一部を引用させていただきました。


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武田のおじさん

お疲れ様でした。楽しく読ませていただきました。
それにしても、あいう~。あと十年ですか?もう、いいおじさんとおばさんになってますね~。(笑)
う~~~ん。なんと、気の長い・・・。わたしなら、真理子さんと別れてしまったから、五年位で、探しに行きますね。(笑)十年も待ちきれません。(笑)

それから、もう少し真理子さんの手紙に対する感想、いえ、心情が知りたいですね。
いろいろ感じる事はありますけど・・・・。

なにはともあれ、10年後の二人の幸せを信じてみたいですね。(^-^)
by 武田のおじさん (2006-01-29 19:35) 

はりなたる

こんばんは(^^)出かけ先から帰ってきて、覗きにきたら、終わっていてびっくりしました(^^)
ハッピーエンドであって欲しかったけど、単純なハッピーエンディングじゃできすぎだよね〜、と終わりがどうなるのか興味津々でしたが、「うわ〜、やられた〜っっ」と私のツボにはまりまくりな結末でした。
実は、私の友達もニライカナイ店主さんの作品のファンで、毎回アップされる度に2人で盛り上がってました(^^)
ホントにお疲れさまでした。私もあと1つ、最後までたどり着きたいと思います。
by はりなたる (2006-01-29 20:06) 

ニライカナイ店主

最後まで読んでくださったすべての皆様へ<あとがきに代えて>

つたない拙作を最後までお付き合いくださった方々、本当にありがとう
ございました。なんとかゴールのテープを切ることができました。
これから誤字・脱字等のチェックはすると思いますが、基本的にはこれで
完結させるつもりです。
10年、というテーマが与えられたとき、10年で何ができるだろう、
10年でどれだけ人間は変わることができるだろう、と考えました。
また、一度結ばれた大切な縁が、わずかなずれによってゆがんでいくとき、
それはもう二度と元には戻せないのだろうか、という自分のテーマもありました。更に「10年」という、見方によって大変長くも短くも感じられる時間が
手をとりあって、このような一つの物語となったような気がしています。

いずれにしても、このことによって、少しだけ変わることができたように
思います。どうか、皆さんのこれからの10年も、素敵なものとなりますように。
                        感謝をこめて  ニライカナイ店主
by ニライカナイ店主 (2006-01-29 21:38) 

ニライカナイ店主

武田さんへ>
ナイス&完読ありがとうございました。
(完読してくださった方に「完読感謝カード」でもお渡ししたいところです)

私は、この二人が笑って同じ場に立ち、いっしょに歩き始められるには
ある程度の時間がかかると思って、ちょっと残酷かな、とも思いましたが
必要な時間をおいてみました。
真理子については、あえて今までも細かい描写はさけてきましたが、
また別のストーリーが必要なほどの時間がかかりそうだったからです。
今回は、「僕」に絞って書かせていただきました。ただ、真理子については
どこかでも書いたように、「僕」と似ているところがあるのです。
真理子は、これからがスタートになるのだと短縮形ながら表現しました。
ともかく、今はレベルはともかく、達成感はあります。応援ありがとうございました。
by ニライカナイ店主 (2006-01-29 21:40) 

ニライカナイ店主

はりなたるさんへ>
ナイス&完読ありがとうございました!はりなたるさんとお友達にも「完読
カード」を進呈・・・(笑)。
なんとか最後まで行き着くことができました。これも、はりなたるさんのように
応援してくださった方がいたからです。今はぐったり状態ですが、爽やかな気持
ちでもあります。
はりなたるさんも、帰国準備の忙しい中ではありますが、最後の1作、楽しみに
しています。コメントは最後の1作のときにぜひ書かせていただきますね。
体に気をつけてがんばって!どうぞ、お友達にもよろしくお伝えください。
by ニライカナイ店主 (2006-01-29 21:47) 

はじめまして。毎回楽しみに読ませて頂いてました。
“一度結ばれた大切な縁が、わずかなずれによってゆがんでいくとき、
それはもう二度と元には戻せないのだろうか”
私も考えます。人の気持ちって難しいですよね。不思議だし、深いですね。
とても素敵なお話でした。nice!です!
by (2006-01-30 00:40) 

友人B

はりなたるの友達です。
全15回本当にお疲れさまでした。
ここ数日はこの小説を読むために、一日過ぎるのを待っているような状態でした。
僕はなぜか、『最後に理沙と付き合っちゃったら、なんか嫌だなぁ』って感じていたんで、この終わり方は秀逸と感じました。

幸せな一時をありがとうございました。
by 友人B (2006-01-30 02:21) 

ニライカナイ店主

りらさんへ>
ナイス&完読ありがとうございました。
本当に、きっと人の心の物語は一生書いても書ききれないのだと思います。
でも、おそらく、次の世代の人がそのあとを引き継いで・・・そうして長い長い
時間、物語、文学、本、というものがあり続けてきたのでしょうね。
読んでくださってありがとうございました。目には見えない「完読カード」を
進呈させていただきます!
by ニライカナイ店主 (2006-01-30 19:44) 

ニライカナイ店主

友人Bさんへ>
完読カード、はりなたるさんから届きましたでしょうか?(笑)
本当に、最後までお付き合いいただき、その上過分なお言葉までいただき、
書いてよかった、と実感しています。私も、彼らにはもう少しの時間が必要だと
書きながら感じていました。もちろん、彼らの行動、言動には私の考え方や
経験が反映されていないわけではありません。しかし不思議なもので、書き
始めてしばらくすると、彼らは私の心の中で息づき始め、まるで本当に生きて
いるかのように思考をはじめた・・・ような感じがありました。だから、私が奇を
てらってこのような終わりになったわけではないのです。自分でも不思議
ですが。彼らならこうしたのだろう、という結末となりました。

また、お時間がありましたら通常営業の当店にもお訪ねください。
本当にありがとうございました。
by ニライカナイ店主 (2006-01-30 19:56) 

you

こんばんは。ハチ子です。
「十通の手紙」拝読致しました。寝る前の軽い読書のつもりでしたが、2章目くらいで徹夜を覚悟しました。何か不思議な共鳴感がありました。私も文章を書くときに「僕」という一人称を使うことが多いからです。プラトニックな恋人たちのとても素敵なお話でした。ただ、結末が真理子がなぜ手紙を見つけてしまったんだろう。真理子は何も知らないままの方が良かったんじゃないか、と思いました。
by you (2006-03-23 06:20) 

ニライカナイ店主

ハチ子さんへ>
ナイスと完読、ありがとうございます。
最後のところはいろいろ考えましたが、クールに描いてきた真理子も、
実は彼を少しは愛していた、ということをどうにか描写したかったんですね。
しかし、言葉でそれを書いてしまうと陳腐になってしまう。そこで、何か最近
夫がおかしい、と思った真理子が探りをいれて、手紙を見つけてしまい、
自分の知らない過去を夫が隠し持っていたことに気づく、という展開
にしました。
真理子に「僕」が正直に話す大人の対決もありでしたが、それほど真理子は
強くないと思ったんです。それよりは、事実を突きつけたほうが応える。
真理子はまだまだ大人の自立した女性になれてはいない人です。
いつか、真理子のものがたりもかければいいなあ、と思っています。
ただ、他の方も書いてくださっているように、最後の真理子の描写はあっさりと
しすぎたかな、とも思っていますが、ああいう性格ですから、きっと愛情よりも
プライドがまずは先に立つだろう、と思いました。真理子が「僕」との生活を
振り返り、本当の愛と自立を勝ち得ていくのはこれからの生き方次第だと
感じています。
貴重なご意見と読んでくださったことを感謝します。ありがとうございました。
今後もどうぞよろしくお付き合いください。
by ニライカナイ店主 (2006-03-23 10:04) 

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