「地下鉄にのって」原作と映画の狭間で [思いきり泣きたいときに]
「地下鉄(メトロ)に乗って」 浅田次郎 徳間文庫 1997年
私は長いこと地下鉄有楽町線を使っていたことがある。
それも、できたばかりの頃からだ。
使い始めてしばらくすると、駅がどんどん湾岸のほうに延びていった。
定期を活用するために、乗り換えも飯田橋や有楽町など、有楽町線をメインに使っていた。
半蔵門で「だまされた」と思うような乗換えをしたこともある。
今では東武線や西武線と乗り入れをしており、
朝は池袋から並んで座っていこう、というわけにもいかなくなってしまった。
そんなこともあって、地上の電車よりも何かしら地下鉄に親近感のある私が
この作品に出会ったのは、以外なほど遅かった。
タイトルが、気にはなっていたのだが、著者の作品とめぐりあうチャンスが無かった。
1995年に第16回吉川英治賞を受賞したこの作品は、
著者の自伝的作品ともいわれている。
著者と父との関係をベースにこの作品は描かれているのだという。
ある日、映画化されたものを見た。
ずっと原作のことが気になっていたから見た映画だった。
私はその冒頭でおおきなショックを受けた。
最初に表れる新中野のシーン。
地下鉄丸の内線が開通したばかりの鍋屋横丁が映し出される。
私がおそらく生まれて初めて乗ったのも、丸の内線だったに違いない。
なぜなら、そこが私の生まれたふるさとでもあったからだ。
そうして、私は映画の登場人物と同様に、地下鉄とともにタイムトリップしながら、
まるで映画の中にいるかのように旅をした。
時間と、地下鉄に運ばれる旅を。
*******
その後、やっと原作と廻り逢うことができた。
原作は、小さな下着メーカーの営業をしている40過ぎの男性である。
彼には実は今も引きずっている過去がある。
本来なら大企業の跡取り息子となるべきはずが、
何故か家族5人、なんとか日々を暮らす生活である。
そう、彼は父とある理由から反目し、家を飛び出したのである。
そんな彼には彼と親友しか知らない秘密がある。
彼には職場に妻以外に愛する女性がいるのである。
父を憎み、反目し、権力や傲慢さを激しく嫌う自分を、
いろいろな人が「お父さんに似ている」という。
さらに彼は反発する。
ある日、同窓会の帰り、老年の恩師と地下鉄の駅でばったりと再会する。
そのときをきっかけに、主人公は時間と地下鉄の迷宮へと足を踏み込んでいくことになる。
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映画はほぼ原作に忠実であったと思う。
いくつか省略した部分と、変更点をのぞけば、本筋は原作どおりである。
壮絶な終わり方も原作とあまり違ってはいない。
しかし、私は映画で見たときに何かしら心につかえるものがあった。
さらりと流されたセリフ、
その中に実は大きな意味があったことに原作を何度か読み直して考える。
そのことで、ああ、あの場面はこういう意味があったのか!と
さらに映画の理解が深くなる。
あるいは、映画のキャストや作りがかなりよく出来ていたので、
それが作品をさらに興味深いものにしてくれていることも否めない。
一方、映画で私がつまづいていたところ、まさにその点が
原作では重要な意味をもつ部分であり、
本を読むことでそのつっかえが取れたような気がした。
よく、先に本を読むか、映画を見るか、悩むことがある。
私はどちらかといえば本を読んでから見るほうなのであるが、
この作品はどちらからいってもきっとお互いを補い合って、プラスに向かうような気がする。
原作の不思議な突然のタイムトリップ表現や、
時代を表すできるかぎりCGを排除した美術によって、
現在が過去の出来事、人々の暮らしや生活、戦争、
生きるための戦いという過去の上に成り立っていることがよくわかる。
今目の前に見えている世界でも先進といわれる都市東京が、そして日本が、
何を土台にして今の姿を保っているのか。
それは原作と映画の両方によって更に理解を深め、想像をかきたててくれた。
さらに、付け加えるならば・・・
原作に何度となく描かれる地下鉄に包まれているような安心感。
今でも時に利用する網目のような地下鉄網の中で、私も同じように感じるのは何故だろうか。
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※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。
読みました!
でも、映画は見ていません。両方楽しむと、より深く味わえますね。
by 歩林 (2007-04-21 20:37)
歩林さんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。小説と映画、どちらが先か、
また、読んだ後映画を見ても楽しめるのか?など考えるところですが、
今回は映画もなかなかよくできていたので、映画→本でより深まった
ような気がしました。推理モノやミステリーは難しいところですよね。
でも、「羊たちの沈黙」のように本を先に読んでいても映画にも圧倒される
という例もあったのです。
by ニライカナイ店主 (2007-04-22 23:17)