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読後の満足感だけで・・・「バッテリー」Ⅳ~Ⅵ あさのあつこ [物語や絵本の世界を楽しみたいときに]


「バッテリー」Ⅳ~Ⅵ あさのあつこ 角川文庫 2005~7年

「バッテリー」、とうとう読み終わった。

野球もの、少年もの、児童文学・・・いろいろな枠組みがあるのだろうが、
これは何か枠にはめてどうこう分類したい、という気分にはならない。

この読後の満足感だけでいいのかもしれない。

Ⅳからは主にライバル校との駆け引き、特に心理的な描写が多い。
その心理描写も巧と豪を中心にしながらも、巧たちのキャプテンの海音寺や、
相手校の中心人物たち、そして巧たち1年生の仲間たち一人ひとりのキャラクターも
際立ってくる。

その誰かに自分が似ているような気がするし、「こういうこと、昔あったな」という
やりとりもある。

私達大人世代にとって、この作品は若い時代を振り返りながら、
忘れていた何かを目覚めさせ、もう一度そのことを考え直させるような気がする。
あの頃わからなかった何かを。
あの頃忘れてきた疑問の答えを。

試合の結末がⅤの巻末にある「THE OTHER BATTERY」にもどっていくし、
巧の性格形成の元となる一端はⅣの「空を仰いで」の中に、祖母の面影とともに
描かれている。

これらすべてを抱えて、この一つの物語を思うとき、私は何故か最後に「巧の物語」
ではなく、実はその周りの人々の、特に「豪の物語」だったのではないかとさえ
思えてくる。

最終巻の最後に、筆者が「原田巧という少年の物語」とはっきり書いているにも
かかわらず、やはり私は「巧という少年を取り巻く少年たちと人々の物語」だと
思えてしまう。

それが、巧という天才肌の少年よりも、悩み、苦しみ、努力を重ねることで
巧とともにバッテリーを組むことを決心した豪や、巧の背後で守る先輩たち、
巧の野球仲間たち、一人ひとりがいとおしくてたまらないからだ。

もう既に大人の駆け引きの第一歩を踏み出しているようなキャプテンの海音寺や
相手校の中心人物、瑞垣でさえ、自分たちの思いを抱えながら、野球部という
集団を動かしながらその中で自分以外の部員を思い、時に憎しみに近い妬みを
隠している。
その暗い思いの部分でさえ、いとおしく感じる。
それは、いつかの、あのときの自分が見えるからかもしれない。

中でも、巧とバッテリーという特別な関係を組む豪にとって、
自分の進路や力の限界におびえながら、そして巧との考え方、野球との距離に
違いを感じてうろたえ、また、そのことを他人に指摘されながら、
最後には答えを出す。

苦しんで、苦しんで、苦しみぬいた後に、とうとう豪は答えに達する。
そして、天才肌ゆえに、投げることしか考えられなかった巧も、そんな豪の
姿を見ながら、彼ならではの言い方で豪に自分の思いを伝える。
それは、豪に比べればつたない言葉なのだが、本当に飾り気の無い、
素直な気持ちだった。


こうして、少年達の物語は終わりを告げたのだが、巧の弟、青波のことが
やや語りつくされていないような気がする。
もしかしたら、またいつかあの少年達が、いつか目の前に現れてくれるのかも
しれない。
その時は、きっと目を見張るような更にたくましい姿になっていることだろう。

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コメント 4

yworfutig

私も読みました。ぐいぐいと物語の中へ引き込まれていきました。
私もたくみの物語であると同時に、それをとりまく人々の物語であると感じました。それはやはり、巧という類いまれな才能を持つ人間に翻弄され、感化されたからだと思います。同時に、巧もその才能から、周りとの関係に悩み、翻弄され、周りの人々の中の立ち位置を見つけつつあったように思います。そういう意味ではやはり、巧の物語なのでしょうか。
by yworfutig (2007-08-08 20:39) 

春日 淳樹

お邪魔します。
何度読んでも、奥深くまで解釈するには時間がかかると思いました。
ただの成長物語でもないし、
野球というスポーツを扱っているにもかかわらず、
その勝ち負けにあまり触れていなくて、
本当に登場人物の心の動きを綴っているので、
どの場面でも考えさせられる所が多かった気がします。
児童書というジャンルにしておくには勿体無いと思いました。
by 春日 淳樹 (2007-08-08 22:26) 

ニライカナイ店主

クレマチスさんへ>
ご来店まいどありがとうございます。確かにひきつけられ、あっという間に
読んでしまった、という作品でした。飛び飛びで読み返すと、本当に
それぞれの少年や家族の姿が浮き上がり、まるで実に知り合いの
少年達のような気持ちになりましたね。巧が自分が周りに対して与えて
いる影響に気がつくのは本当に最後のほうで、そのことが巧の成長
をうかがわせ、それは自身の努力とともに、周りの友情や思いやり、
見守りによるものだったのだ、といつか巧自身はっきりと気づくときが来る
のだろう、と思いを馳せさせる終わり方でした。
今、高校野球を見ていると、ついここまでこられなかったチームを含め、
いろいろ考えてしまいます。クレマチスさんはいかがですか?
by ニライカナイ店主 (2007-08-10 12:37) 

ニライカナイ店主

春日さんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。
確かに、この作品は最初は児童書専門の出版社から出されていましたが
この内容の深さは大人はもちろん、野球に興味のある子ども、本の好きな
子ども、同年齢の子ども、それぞれの年代でその年代なりの受け止め方が
できる優れた作品といえるのかもしれません。
だからこそ、児童文学の枠を超えて、文庫化され、多くの大人たちにも
愛読されたのではないでしょうか?ロード・オブ・ザ・リングにしても、
ゲドにしても、モモにしても、優れた作品は大人の鑑賞にも堪えられ、
その姿を見てまた子ども達にも読みつがれていくのでは、と思います。
by ニライカナイ店主 (2007-08-10 12:46) 

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