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さあ、戦いが始まる。 「楽園」 宮部みゆき [ミステリーを楽しみたいときに]


「楽園」上下 宮部みゆき 文藝春秋 2007年

人は人を、どの時点で「信じる」のだろう。

タイトルとはかけ離れた東京の片隅で、また、新たな人と人との出会いが生まれる。
出会いとは、その相手をどこかで「信じる」ことに繋がっていくものだと思う。

一人は、一人息子を車に轢かれて失った中年女性。
一人は、昔、世間を揺るがした恐ろしい事件に関わったライターの女性。
そう、そのライターは『模倣犯』で事件に関わり、気がつかないうちに振り回された
ライターの前畑滋子である。

滋子は9年前の事件で人として、ライターとして、心に大きな錘を繋がれたままだった。
現実には彼女によって真実があからさまになったにもかかわらず。
あの事件はそれだけ根深い、恐ろしい事件だった。

そんな滋子に、あなたにこそお話したい、と息子を失った女性が相談してくる。
最近発覚した、娘殺しにつながる予知ともとれる絵を、息子の遺品として抱えながら。

今は亡き少年の予知能力とは本物なのか。
そして、滋子は9年前の事件を乗り越えることができるのか。

一人のライターの孤独な作業が始まる。
しかし、それはまたも深い闇の迷路へのスタートでもあった・・・。

                   *******

この小説が、あの『模倣犯』の続編であることに、まず驚く。
あの小説がかなりの大作であり、驚くべき展開と人間のこころの底にある悪意に
迫ったものであったと思い出す一方、いくばくかのしりきれとんぼのような物足りなさを
感じていた私にとって(あれだけの大作を書いた著者には申し訳ないが)
この『楽園』の前畑滋子というライターの行動こそが、その隙間を埋める必要不可欠な
パズルの残された数ピースであると期待をもって読み始めた。

それは、この2作の関係性がわかった時点で、天から降ってきたように強く共鳴してきた
インスピレーションでもある。

一度は人の悪意に振り回され、煮え湯を飲まされた人間が、
人として、ライターとして、一人の女性として、
もう一度自分の「おとしまえ」をつけるための戦いが始まる。

                      *******     

今回は、親子・きょうだいの関係を中心に、子供の心理が深く関わってくる。
そして、学校、教育に関わる場や、子供たちどうしの関係も絡んでくる。

最も大きいテーマは、
自分が一番愛されたい人にどう思われているか、ということのような気がする。
自分が人として、尊重されているかどうかということが、どんなに幼い存在であっても
いや、幼い時期だからこそ、どれだけ大切なものであるかということが、
この小説のキーになっている。

なぜ、人は家族の愛を失い、「やっかいもの」になってしまうのか。
そうさせるきっかけは何なのか。
本当の「やっかいもの」にさせないためには、周囲の人間は本当はどうしたらいいのか。
そして、「やっかいもの」に一度なってしまった人間は、
もうまっとうな人間にもどれないのか。

人は、結局自分が一番可愛いのだ、と言われることがある。
子供を愛するのは、それが自分のコピーであるからだ、と。
しかし、最後にはそうしたものをすべて越えた愛が、
少しずつでも人を思いやる心が、何かを救い、変えていくのだ・・・
と読後に思ったのは私の個人的な感想である。

「信じる」べき魂を見抜く力を身につけた前畑滋子の成長とともに、
このタイトル「楽園」の本当の意味を受け止められる自分に成長したいと願うものである。

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※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

楽園 上 (1)

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  • 作者: 宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/08
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楽園 下

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  • 発売日: 2007/08
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模倣犯〈上〉

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  • 作者: 宮部 みゆき
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コメント 4

ご無沙汰していました。
模倣犯の続編だったんですね!知らなかったです。
それにしても、「愛」ってなんなんだろう・・・・
愛されたいと思う心をどうやって、どこに、しまっておけばいいんでしょうか?
しまわなくてもいいのかな?
愛し、愛されたい、それがお互いがわかりあえる
そんな人間関係を作りたいですね。
by (2008-02-17 17:39) 

ニライカナイ店主

ねこばすさんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。
そうなんです、続編なんです。模倣犯の後味は個人的にはあまり
スッキリしないものでしたが、この作品でやっと完結したような気が
私はしています。広い意味で、「愛」という前向きな思いが
どれだけ人を救い、あるいはそれが失われていることが逆にどれだけ
人を空虚にするのか・・・ということを考えさせられる作品です。
愛されたい、と思う心は人が生まれながらに持っている自然な思い
なのだと私は感じます。ねこばすさんがおっしゃるような人間関係は
本当に大切で、今の世の中に必要なものだとも・・・。

はっこうさんへ>
いつもナイス&ご来店ありがとうございます。
まだまだ至らないカフェではありますが、またご来店くださいませ!
お待ちしております。
by ニライカナイ店主 (2008-02-19 23:54) 

今は違う新聞を読んでいますが。
私はこの作品を新聞で毎日少しずつ読んでドキドキしていました。
淡々とした物語だったような印象です。
そして…だからこそ日常にもあるかもしれない…というような怖さもあって。
どうすればよかったのか…正解は何なのか。
誰が悪いのか…というのをグルグル考えていたように思います。
by (2008-02-20 16:37) 

ニライカナイ店主

桜千鳥さんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。
確かに新聞で読んでいると、まとめて読むのとでは違う期待感と、
その一方さかのぼれないことによるもどかしさもありますね。
『理由』の時にも淡々とした独特の語り口が逆にそら恐ろしさを
増幅させていたようで、まとめて読んだ時は全く違う印象がありました。
宮部氏はそうした日常に共存する犯罪や悪意を描くのが
うまい作家だとしみじみ感じます。ただ、やはりまとめて読むほうが
読者にはじっくり読めてありがたいような気がします。
by ニライカナイ店主 (2008-02-23 00:20) 

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