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猫好きにはたまらない 「ブランケット・キャッツ」 重松清 [人生や物事について考えたいときに]

ブランケット・キャッツ.jpg

「ブランケット・キャッツ」 重松清 朝日新聞社 2008年

asahi.comに2003年の半年間掲載されたものを改稿した短編集。
おそらく、猫好きにはたまらない一冊である。

2泊3日で何匹かの中から選んだ猫を借りていくことができるという設定。
いくつかのルールはあるが、借りていく理由は多様である。
猫たちはその場に居合わせて、ときに自由に、ときにふりまわされ、
ときに人間達がおどろくような結末で幕引きをする。

それぞれの短編が独立しているのだが、いずれもどこかで人間関係や
人間性に深く関わっている。
そして、それを浮き彫りにしているのが登場する何匹かの「ブランケット・キャット」
たちだ。

その猫たちの特徴や個性を描いている部分も猫好きにはたまらない。
それを楽しみつつ読んでいると、いつのまにか実はそこにいる人間達へ
感情移入していることに気づく。

特に今の家族状況を描き出している作品が多い。
いくつかは大人だからこそわかるものもある。
いくつかは若い世代に読んで欲しい作品である。
それらが混在しているのでどんな方におすすめなのか
悩むところであるのだが、
つまるところ、猫に恨みでもないかぎり、大抵の人に
読んで良かったと思っていただけるような救いのある作品であると
いえるのでは、と感じる。


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※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。



ブランケット・キャッツ

ブランケット・キャッツ

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2008/02/07
  • メディア: 単行本



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人間の罪を見つめる 「償い」矢口敦子 [人生や物事について考えたいときに]

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「償い」 矢口敦子 幻冬舎文庫 2003年

物語の展開と設定に独特のものがある、と思った。

筆者の経歴を見ると、小学5年生で病気のため通学をやめ、
通信制で大学まで卒業、とある。
そういうところが仁木悦子とあるいは似ているかもしれない。

外に自由に出られるから、一般的なルートを来たから、
世の中のことがよくわかっているというわけではない。
仁木氏がそうであったように、かえって部屋の中で過ごす時間が多いほど
外の世界や人の心には敏感になるのではないか。

この作品を通して感じられるのは、具体的に起こる物事の展開への興味よりも
それが関係者にとってどのような心理的意義をもっていたか、ということだ。
その描写については非常に複雑な伏線を張っている。

主人公は元、将来を嘱望された大学病院の医師。
そして、まだ国家試験が受かったばかりの若い頃、あるちいさな命を助ける。
その命とふたたびめぐりあったとき、彼はホームレスになっていた。

事件がやや交錯したり、刑事との関係の甘さなど、ややすっきりしない点が
残るのだが、最初に書いたように、この物語はサスペンスや犯人探しよりも
人間の罪というものを見つめた作品だといえるだろう。

主人公のホームレスの罪、多くの犯罪者とその原因となった環境の罪、
そして昔主人公が助けた初めての命をもつ少年の罪。

人間、誰しもどこかに暗い気持ちを抱えながら生きている。
それはどうしようもない出来事であったり、誰かに罠にかけられたり、
「なぜ自分だけが」と思うようなことかもしれない。

法的には問題がなくとも全く罪を犯さず、
後悔のない人生を歩んできたなどといいきれる大人は
そう多くはないだろう。

それがもう取り返しのつかない命に関わるとき、
人間はどう償えばいいのか。

答えは目の前にあるような気がする。
それを実践するのが難しいだけなのだ。

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償い (幻冬舎文庫)

償い (幻冬舎文庫)

  • 作者: 矢口 敦子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2003/06
  • メディア: 文庫



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一人の職業を持つ女性として「不器用」野田聖子 [人生や物事について考えたいときに]

不器用.jpg
「不器用」 野田聖子 朝日新聞社 2007年

言わずと知れた国会議員、野田聖子氏にインタビューしたものをまとめたものである。
『わたしは、生みたい』が2004年に出版されたときは、気になったものの、
新聞等でかなり話題になり、内容も報道されたのであえて読もうとはしなかった。

しかし、今回、タイトルの『不器用』という言葉を見て、もっと彼女の
人となりが総合的に語られるのだろうか、と読んでみることにした。

いろいろな意味で目立っていた彼女の議員生活については
ニュースで目にはしてきたものの、やはり夫婦別姓という持論、郵政民営化反対、
そして結婚した後には不妊治療にトライしている、ということが
とにかく別の女性議員とくっきりと彼女の違いを浮き立たせていた。

それが実際どのような考えのもとにあるのかは、
よくよく取材された新聞等を読まねば、
つい「若くして郵政大臣」とか、「そこまでして子供がほしいのか」
「子供がほしいのに、別姓にしてどうするのか」などと反論する向きもあったように思う。

この聞き書きをまとめた作品は、彼女が「野田」聖子になった経緯(彼女は祖父の養子)から、
学生時代、民間に就職してから県会議員、そして国会議員へ・・・と
順を追って語られていく。

郵政民営化反対の立場をとり、造反者として無所属として戦った選挙のこと、
その後の復党のことなど、政治活動についてももちろん書かれている。

しかし、その主たるところは、やはり事実婚の夫であった鶴保議員との生活、
そして不妊治療、続く失敗、流産、さらに夫との別れまで、率直に描かれている。

彼女は初めて国会議員になったときに「政治家になったからには総理大臣になりたい」
と言っていたことを今でも思い続けていると今の生活についての章でも述べている。
そんな率直さと同じように、議員同士の結婚生活と、不妊治療と、その結果を
淡々と語っているのだが、そのあまりに素直な言葉によくここまで書けるな、
と思わされる。

インタビューから構成されたことと、やはり政治家、公人として腹をくくっている
ということもあるだろう。
しかし、そもそもやはり隠し事の苦手な「不器用」な人なのかもしれない。

そして、せっかく卵子が着床したのに、ハードな仕事の予定が入っていて
家族がとめたのに出かけてしまう。
そして、それが原因かは不明だとは述べているが、結果流産してしまう。

このことをピークとして、不妊治療も、夫婦の関係も微妙にずれてくる。

この判断は、責任ある仕事をある程度の年齢まで積み上げてきた女性には
難しいところであったろう。

仕事が丁度忙しい時期で休めず、少し無理をした。
そして流産。それは自分がちょっと無理した結果ではないか?
あの時もし、仕事がいくら忙しい時期でももう少しのんびりして
仕事をスローペースにしていれば・・・?と。

性別によって、このあたりの気持ちを中心にこの本への感じ方は
かなり違うと思う。
最後に、夫であった鶴保氏が自分の立場から書いているコメントからも
そのことは伝わってくる。男性は、子供が生まれ出るまでは父性は
芽生えにくいものかもしれない。
ただ、それだけに、かえって冷静な眼でその頃の野田氏のことを
だれよりも近くで見ていた人として、正確に描写しているのは
この元夫のコメントなのかもしれない。

不妊治療の末の流産という出来事についての野田氏の気持ちは、
政治家としてというより、
一人の子供がほしい女性としての素直な気持ちが伝わってくる。
そして、夫との関係が変わっていくことも。

また、彼女が自分の「血」にこだわらず、養子制度なども視野にいれて
子供を育てたい、という気持ちがあることもこの本で初めて知った。

ワークライフバランスを考えて・・・と野田氏は二度語ってはいるが、
きっと彼女はこれからも政治家というサーキットを走り続けるのだろう。
いっそそれならば彼女の言葉どおり、
頂点にトライするところまで走りきってほしいと、
政治的な私の理念はさておき、思わせるものが読後に残った。

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不器用

不器用

  • 作者: 野田 聖子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2007/12/07
  • メディア: 単行本



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「本」とはどんな存在?「物語が生きる力を育てる」 脇 明子 [人生や物事について考えたいときに]

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「物語が生きる力を育てる」 脇 明子著 岩波書店 2008年

子どもの本を研究しつづけている著者である。
今回は今までになくわかりやすい文体で、昔話や定番の児童文学について
その意味、意義、子どもへの影響などを語っている。

冒頭で、著者は「本が読まれること自体が大切なのではない」と語っている。
そして、なぜ子ども達に本を読んで欲しいのか、ということを考えた末の結論を
たくさんの具体的な物語を通して語りかけてくれる。

この「本」以外にもたくさんの楽しみのある時代に、
子ども達に何故「本」が、読書が、読み聞かせが必要なのか。

読み進めていくうちに、子どもにとってだけでなく、自分にとっても
「本」とはどんな存在なのかを考えさせられるようになる。

子ども達のために、そして自分たちの読書のより深い楽しみのために、
ぜひ機会があったら手にとってほしい一冊である。

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物語が生きる力を育てる

物語が生きる力を育てる

  • 作者: 脇 明子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2008/01
  • メディア: 単行本



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現代社会での成熟とは「思春期ポストモダン 成熟はいかにして可能か」斎藤環 [人生や物事について考えたいときに]

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「思春期ポストモダン 成熟はいかにして可能か」 斎藤環 幻冬舎新書 2007年

著者は思春期・青年期の精神病理学等を専門とする臨床医でもある。
そんなところから、よく引きこもりについて紙面やTVで名前を見かける方も
多いだろう。

その斎藤氏が今回この作品で書いたのは、引きこもりや不登校、ニートと
いわれる若者(・・・といってもその年齢は徐々に上がってきているのだが)
についての個々の問題だけでなく、もっと大きな社会現象だ。

そう、現代社会が、日本が成熟すればするほど、人間が成熟しがたくなる、
という事実である。

そういわれれば、いろんなことに納得がいく。
なぜ、モラトリアム期間がどんどん延びていくのか、
なぜ、大人もすぐにキレるのか。

作家は言う。「いわゆる『若者論』は典型的な『ニセの問題』だ」と。
さらに、「かんじんの次世代を育てるのは、当のどうしようもない
『現代の若者たち』ではないのか?」とも。

確かにそうだ。
いつの時代にも「イマドキの若者」とか、「若者の乱れ」ということは
いわれてきた。
著者に言われてみれば、いつも若者という期間の間には
そういう「大人」には理解できない、としてしまう動きや問題、時に犯罪が起きる。
それは今に始まったことではない。

そう考えていくと、最初の著者のテーマ、
「成熟はいかにして可能か」というところに戻っていくのである。
成熟した人間を大人というのなら、成熟するとはどういうことか。
そしてそれは今の時代に果たしてどのように可能なのか。

思うに、それはとても難しいことだ。
一人の人間の中にも、成熟した部分とそうでない部分もある。
そして、その成熟していない部分がダメなのか、といえば、
そう言い切れるのか。
私にはわからない。

作者がカテゴライズするように、ネット社会が浮き彫りにした
「自分探し系」と「引きこもり系」という二つの若者像は、若者だけでなく
あるいは大人といわれる年齢にも当てはまるのかもしれない。

そう考えると、引きこもることが必ずしも根本的にだとは言い切れなくなる。
また、自分探しをすることが、必ずしも結果的に成熟へのルートだとも言い切れない。

大人とは、成熟とは。

大人、といわれる世代こそがそこをしっかり見つめ、考えていかなければ
若者が道にとまどうのもしかたがないのだろう、とため息をつく。

それでいい、ということではない。
みんなでどうしたらこの社会環境で心地良く譲り合って気分よく生きていけるか。
それを率先して考えるのが、大人の役目ではないだろうか。

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思春期ポストモダン―成熟はいかにして可能か (幻冬舎新書 さ 4-1)

思春期ポストモダン―成熟はいかにして可能か (幻冬舎新書 さ 4-1)

  • 作者: 斎藤 環
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2007/11
  • メディア: 新書



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人生の節目で織り成される物語 「冠・婚・葬・祭」中島京子 [人生や物事について考えたいときに]

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「冠・婚・葬・祭」 中島京子 筑摩書房 2007年

冠婚葬祭、つまり元服にあたる成人式、婚礼、葬儀、祖先の祭祀としてお盆の行事を
それぞれの物語の鍵とした、4つの短編から成り立っている。

ひねっているものあり、比較的わかりやすいものあり、
不思議な物語あり。
短編であり、短く読みやすいながら、
奥深く、後々まであれはどういう意味だったんだろう、と考えてしまう作品が多い。

そういう意味であっさりとした体裁ながらも、いろいろなことに
想像を馳せることのできる面白みの豊かな短編集である。

特に、「婚」にあたるお見合いの世話をしてきた女性を通して、
縁というもの、結婚へのきっかけを考えさせられる『この方と、この方』は
視点がいくつかあって、楽しく読むことができた。

全体的にとぼけた面白みと、断言や限定的な描き方をあえて避けたような
ぼんやりした描写が、かえって読者の想像力を書きたてるのかもしれない。

冠婚葬祭、と普段何気なく使っている言葉の深い意味を
読者それぞれの生活にひきつけて考えるきっかけになるに違いない。

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冠・婚・葬・祭

冠・婚・葬・祭

  • 作者: 中島 京子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2007/09
  • メディア: 単行本



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これからの日本経済を思う 「バイアウト」幸田真音 [人生や物事について考えたいときに]


「バイアウト-企業買収」 幸田真音 文藝春秋 2007年

元米国系銀行や証券会社で債券ディーラーなどを経験してきた著者ならではの
リアリティに満ちた企業買収劇である。

あるファンドが目をつけた音楽事務所の銘柄。
そのファンドのリーダーと共に大きな仕事をしたいと狙っていた証券会社に
勤める女性。
彼女には、その音楽事務所に買収・・いや、買収に名を借りた復讐ともいえる
報復をしたい理由があった・・・。

                     *****

様々な業種でのTOB、そしてファンドという組織について、
いまや日本でも非常に身近な言葉となった。
株を介してのマネー・ゲームともいうべきものがどういう結果を引き起こすのか、
といういくつかの実例も近い過去に見てきた。

私が初めてM&Aのなんたるかを知ったのは、
映画「ワーキング・ガール」を劇場で見たときだった。
学歴がないために上司に企画を利用され、チャンスを失いそうになる
若い向学心のある女性が、大きなM&Aを成功させるサクセス・ストーリーだ。
もうはるか昔の話になるが、あの時でもちゃんとそのしくみを
理解していたとはいえなかったかもしれない。



その頃から長い時を経て、日本でもM&A、TOBという言葉が
普通の生活をしている我々にも具体的にイメージが湧く経済状況となった。

そうした状況を背景に、この作品は
「会社、そしてその会社の使命・財産はなんのために、誰のためにあるのか」ということを
最後に私たちに宿題として残すこととなる。

それは、読み進める最中には気がつかないほどの静かな複線としてしくまれている。

一件、このところ日本でも良くも悪くも定番となった投資・株式売買等マネー・ゲームが
受ける会社、仕掛ける会社、そしてその間で立ち回ろうとする仲介者たちによって
どのように繰り広げられるのか、という経済サスペンスのようにも思えるこの作品。

しかし、最後にきっと読者の多くがたどりつくものは、
マネー・ゲームとは違う、何か人間的な、もっと基本的なもののような気がする。

この企業買収に関わる人々の顛末や、人生、そして最後の腹のくくり方。
すべて、経済のあり方、社会のしくみ、会社という組織・・・と様々な存在を
私たちに考えさせるものがある。

それは、私たちにこれからの日本経済のあり方を問いかけているようにも感じるのだ。

最初はやや登場人物の多さや専門的な動きにとまどうこともあるかもしれない。
しかし、それにトライするだけのゴールをこの作品はちゃんと用意してくれている。

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バイアウト―企業買収

バイアウト―企業買収

  • 作者: 幸田 真音
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/05
  • メディア: 単行本


ワーキング・ガール

ワーキング・ガール

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日: 2008/01/18
  • メディア: DVD


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誰も知らなかった星氏の真実「星新一 1001話をつくった人」最相葉月 [人生や物事について考えたいときに]


「星新一 1001話をつくった人」最相葉月 新潮社 2007年

実は二度目のトライである。
昨年手にしてみたのだが、あまりの重厚さに一度離れることとなった。

そんな私が再度この作品に挑戦してみたい、と思ったのは
星新一という人物そのものへの興味、としかいいようがない。

私が子どもの頃、お小遣いで買えた文庫は星新一のショート・ショートなど
短い作品であった。当時、200円もしないで買えたと思う。
近くに図書館もなく、家で、その後は通学の友にもなった。

しかし、実は具体的にどんな作品だったのか、ほとんど覚えていないのだ。
トーンは覚えている。
しかし、「あの作品はねえ」と具体的に空手で語れるものがない。

*****

最相氏の研究の成果ともいうべきこの作品は、
「星新一像」を描いた執念の一冊ともいえる。

新一の父、星一は製薬会社をチェーン展開し、一時は大変な実業家であった人。
身近なところでは星薬科大という形でその事業は残されている。

しかし、戦争やその他様々な社会状況、ねたみなどから引き起こる社内外の問題から
するりと逃げるように、新一は全く事業に無関心だった。

それどころか、風変わりな行動、交友を好み、ものを書き始める。

そのくだりでは、日本でのSFの創世期を知ることもできる。
私が昔夢中になって読んだSF・推理作家たちの若き頃が描かれている。
SFという言葉の誕生、早川書房の創世記についてもである。
新一の交友を通して、著名な作家、芸術家たちの名前も続出し、興味深い。

さらに、新一がショート・ショートという形でいくつもの作品を
間断なく多くの雑誌、企業誌、新聞等に書き続ける様が淡々と資料を基に綴られる。

そして、新一の母の死。
父の死が星家の産業の実質的な崩壊の始まりだとすれば、
母の死こそが新一にとっての初めての肉親を失う深い悲しみの時であった。

新一の晩年も描かれる。
淡々と。

そう、「淡々と」という言葉が全編を読んでの新一に対する私の感想である。
しかし、これだけの心身の労苦があの作品の背景にあったとは、
このレポートと出会わなければ知ることはなかったろう。

*****

著者、最相氏が5年をかけた取材により本作を完成させたあとがきで、
「子どものころにあれほど引き込まれた作家のことを自分は何も知らない。
引き込まれたのに、物語の内容はまったく忘れている」

と書いている。
同じだ、と思いびっくりした。

そこにこそ、最相氏が長年労苦をかけてこのレポートをまとめあげた鍵がある。
「それでも、心に落ちている小さなかけらがある。
そのかけらの正体を見極めてみたかった。」

まことに見事な研究成果である。
そして、これは星新一という人間、そして星氏の作品を今後手にするにあたり、
大きな変化を与えてくれる裏づけとなるであろう。

新一氏本人はあの世で飄々と「ふーん」なんて聞き流したふりを
しそうではあるが。

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星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一 一〇〇一話をつくった人

  • 作者: 最相 葉月
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/03
  • メディア: 単行本


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本当は夏向き作家?「ぬるい眠り」江國香織 [人生や物事について考えたいときに]


「ぬるい眠り」 江國香織 新潮文庫 2007年

江國香織は夏に読むのにいい。

冬の最中にこんなことを書くのも何なのだけれど・・・。

昔は冬に合う、と思っていたのだけれど、
あまりに寒い冬に手にすると、さらに寒く感じるような感じがする。

今年の夏のように灼熱の日々に、夜遅い時間、とろりとした夜の中、
ゆるく冷房をかけながら眠る前に読むのに最適な作家ではないか、と私は思う。

・・・と書きながら真冬に紹介するのは、アイスクリームをコタツで温まりながら
食べる贅沢のような気持ちを味わいたいからかもしれない。

これは短編集であり、でもどこかでひとつの筋が通っているような気がする。
そう、丁度「きらきらひかる」の続編といえる「ケイトウの赤、やなぎの緑」を読むと
はっきりわかるのだが、この短編集に出てくる主人公の女性たちは皆、
「きらきらひかる」の主人公の一人、笑子の対岸にいるような女性たちのような気がする。

自由に恋愛を楽しみながら、自分を解放できない。
結婚していながら、彼がいながらも、自分を確かめるために他の男性と関係を持つ女。
ノミに刺されたことをきっかけに、簡単に男と別れてしまった女。
それにくらべたら、笑子は苦しみながらもなんと自分に自由に生きていたことか。
彼女たちが笑子に嫌悪感をいだくのは当然だ。
まさに、「ケイトウの・・・」の主人公は自分の身内の事情もあいまって
笑子を毛嫌いしている。

昔、「きらきらひかる」を読んだとき、私は「こんな関係が成立するのか?」とおどろいた。
もうずいぶん昔の話だ。
仮面夫婦と夫の若い青年である恋人の三人の日々。
でも、お互いに必要としあっていた。

それにくらべるとこの作品群の女性たちはどこか不満げで、不足げで、
足りないものをいつも探しているような気がする。
その足りないものよりも、大切な何かがすぐそばにあることを知らずに。

これが「きらきらひかる」からの十数年の世の中の女性の変わりようであり、
江國氏の描くものの変化なのか、とも思った。

いずれにしても、短編集であることもあり、読みやすい作品だ。
くどいようだが、夜、寝る前に読むためにあるような作品たちである。

寒い夜には、温めた部屋で、肌触りの良いブランケットにくるまれながら・・・

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ぬるい眠り (新潮文庫 え 10-13)

ぬるい眠り (新潮文庫 え 10-13)

  • 作者: 江國 香織
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 文庫


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前内閣崩壊の背景とは 「空白の宰相」 [人生や物事について考えたいときに]


「空白の宰相 『チーム安倍』が追った理想と現実」
                        柿崎明二・久江雅彦著 講談社 2007年

昨年9月、急に退陣した安倍首相。
確かに色々なことが雪崩のように短い時間に起こった。
しかし、本当に背後にあったものは何なのか。
それを共同通信政治部記者の2人がパズルをはめていくように丹念に描いている。

首相就任時、ある種華やかな期待を受けて立ち上がった「チーム安倍」。

今、国会中継で小泉元首相とともに映し出される安倍氏は、なんとものどかな表情だ。
いったいあの時期、何が起こったのか。

私達一般国民が知りうることのできる範囲での出来事は
天下り阻止を目的とした国家公務員制度改革への着手であったり、
揮発油税を含む道路特定財源の一般化問題であったり、
宙にういた年金問題の露呈であったり、
閣僚の相次ぐ不祥事であったり、不可思議な人事や辞任であったり、
不幸なことに自殺であったりするのだが。

今、こうして偶然にも国会開会時にこの作品を読んでいると、
すべてが今に繋がっており、
そして、置き去りにされているといえる。
あるいは、更に悪化しているというべきか。

表面だけを見ていると、少し運も悪かったのではないか、とも思える前首相である。

しかし、「チーム安倍」の構成や前首相の気性を考えると、
曖昧模糊とした中に様々な思惑が跋扈する政界において、
精神的に若すぎるチームであったのかもしれない。
また、前首相の性格・性質が、そもそも「チーム」で支えねば動かすことのできない
重責ある一国のトップ・プロジェクトにおいて、淡白・個人主義すぎたのか。
もちろん、私と前首相は「お友だち」ではないので、本当のことはわからい。

記者2人の取材の軌跡をたどると、
そのチームそのものが果たして成り立っていたのかという本命題について
実はチームリーダーその人が、チームの巻き込まれている嵐から一人離れ、
傍観者であったのではないか、とさえ思えてくるのである。

全力でこの人を支えようとするチームメイトをそもそも本気で集めたのか?
それさえ疑問である。

いわゆる「お友だち内閣」と言われながら、実は「本当のお友だち」であったのかどうか。
さらに、閣僚級以外の影で支える立場の事務方が、本当に信頼できる、力ある存在で
あったのかどうか。
それは、最後にはトップが求心力を持ち、「尽くしたい」と思わせる何かを
備えているか否かにもかかってくる。

              *******

一般の会社組織等でもよくあることだが、
本当に人間の集団というのはやっかいなものであるというのが、読後の正直な感想である。

しかし、これはある会社の単なるプロジェクトの話ではない。
一国を動かす、まさに中心核の話なのだ。

この取材は確かに2人の記者が行った「ある切り口」からの結果である。
鵜呑みにはできないまでも、日本人として、国を動かしているものについて
ううむ、と考えさせられるものがある。

記者の一人は、
「『チーム安倍』は崩壊していない。はじめから実態として存在していなかった。」
とあとがきで述べている。

小さな島国の膨れ上がった国家。
それを傍観するわけにはいかない。
なぜなら、私達も国民である限り「日本」というチームと
決して無縁ではいられないはずだから。

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空白の宰相 「チーム安倍」が追った理想と現実

空白の宰相 「チーム安倍」が追った理想と現実

  • 作者: 久江 雅彦, 柿崎 明二
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/11/08
  • メディア: 単行本


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