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久々の再会 「ラスト・イニング」あさのあつこ [人生や物事について考えたいときに]

「ラスト・イニング」 あさのあつこ 角川書店 2007年2月

もうあの少年たちと過ごした日々から遠ざかってしまっていたと思っていたけれど。
読み始めてみれば、すぐに引き戻され、またあの空気の中に
自分も立ち会っているような気がしてしまう。

それが「バッテリー」シリーズの特徴であり、魅力でもあるのだろう。

この作品の中では、あの最後の試合と、その後の彼らが描かれている。

それも、主人公であった巧と豪の周辺にいた人物を中心に。
あの試合で、相手チームのメンバーはどう感じていたのか、
その後、彼らはどうしているのか。そして、どうしようとしているのか。

その描写はこれでもか、というほどその人物の影を濃く映し出している。
そうだ、その人物そのもの、というよりもその影、なのだ。
「バッテリー」シリーズで描かれてきた手法の一つである、
その人物の影の部分を描く(一般的には内面、というのかもしれないが)方法が
この「ラスト・イニング」では特に駆使されているように思える。

中学生。
大人なのか、まだ子供なのか。
そんなことはどうでもいいのかもしれない。
なぜなら、その世代だったときに、
「自分は子供だ」などと遠慮した記憶のある方は
どちらかといえば少ないのではないか。

生きているから、打ち込むものがあるから、求めるものがあるから。
失うものなど考えもせず、いや、失うものなどわからないほど
新たに出会うものが大きすぎて、多すぎて、前しか見えない時代がある。

そんな時代を思い出しつつ、少しは今の自分もそんな風に生きても
いいのではないか、と思った読後であった。

                 *****

新年最初の開店です。

今年ものんびりペースのカフェではありますが、
皆様と共においしいコーヒーを片手に、味のある本と出合っていきたいと
願っております。

どうぞ今年もよろしくお付き合いください。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

ラスト・イニング

ラスト・イニング

  • 作者: あさの あつこ
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 単行本


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本当の仕事ってなんだろう?「Hello,CEO」 幸田真音 [人生や物事について考えたいときに]

「Hello,CEO」 幸田真音 光文社 2007年

まさか、この種の本で涙腺がゆるむとは思わなかった。

この作品は、大規模なリストラを始めて有能な人材から歯が欠けるように
姿を消していくある有名外資クレジット・カード会社で働く一人の若者が主役である。

やっと仕事が面白くなってきたところで、彼はリストラで崩れていく自分の職場を
目の当たりにし、ちょっとしたハプニングもあり、早期退職に応募、職を失う。

その後の展開は彼の尊敬していた元上司の誘いから始まり、あっという間に
新しいビジネスをはじめることになる。
その流れの速さは、まさに個性的な登場人物たちの感じた時の流れの速さと
同じなのかもしれない。

そして、幾度かの危機を乗り越え、彼らのビジネスは大きな夢に向かって走り始める。

*****

ややうまくいきすぎか?と思われるきらいはあるが、
ベンチャー・ビジネスを発案してから実際に漕ぎ出すまでの様子がリアルである。
それは、あとがきにもあるように、著者のリアルな実感によるところが大きい。
著者自身、大きな企業を病気のために去り、一度はベンチャーを
起こした経験があるという。

個人的に一番感情移入してしまったのは、
自分から一番遠い存在と思っていた登場人物のセリフであった。

大手広告会社で順調に階段を上っていく
主人公の恋人とも言える存在の女性が、
昇進を上司に打診されながらも毎日の忙しい日々の中で流されていく
今の仕事の仕方に疑問を感じ、苦しくなり、
我慢できずに主人公に胸の内を告白する部分である。

「誰かを喜ばせることができる。ありがとうって言って、感謝してもらえる。
それこそが、本当の仕事よ」
そして、自分が今、そういう「仕事」に飢えていることを訴える。
いい地位について、お金をたくさんもらって、その分派手に遊んで。
毎日、毎日忙しく仕事をこなしていっても、満足感が得られない。
疲弊していくだけの日々・・・

彼女は、自分の会社を休み、それまで否定的だった彼の
新しい夢への大きな一歩を手伝う、と申し出る。

夢、とは何なのだろう。
働き甲斐、とはありえるのだろうか。
仕事は、つまらないから仕事なのか。

彼らのような世界を体験することができる、
自分を誇れるような仕事をすることが、
今、この社会でできるのだろうか。

そんなことを読後に感じた作品であった。

                  *****

さて、この作品が今年最後の当店でのご紹介になります。

来年も心豊かな作品との出会いと、多くのお客様との出会いを期待しつつ、
年末のご挨拶をさせていただきます。

今年もご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
新年もどうぞブック・カフェ、ニライカナイをよろしくお願い申し上げます。

皆様にとってすばらしい新年が訪れますよう心よりお祈りしております。

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※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

Hello,CEO.

Hello,CEO.

  • 作者: 幸田 真音
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2007/09/21
  • メディア: 単行本


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あなたの「最愛」とは?新保裕一「最愛」 [人生や物事について考えたいときに]

「最愛」 真保裕一 新潮社 2007年1月初版

「最愛」の人、という言葉をよく見聞きする。

ところで、最愛、とはどのような愛なのか。
このタイトルが記された真紅の表紙を見ながら、しばし考えていた。

冒頭、主人公である中堅の小児科医師たちとその上司でもある病院長が
命について会話した内容が綴られる。
「人の命は、人生という物差しを当てて測るほかはない」
普段は煙たがられている病院長の言葉に、医師たちはうなづくのだ。

この小説は、主人公の姉を中心として関わった人々の人生を
まさに「物差しを当てて測る」ように、主人公が深く掘り下げていく物語である。

ある日、主人公のもとに
姉が事件に巻き込まれて危篤状態になっているという連絡が入る。

瀕死で言葉など交わせる状態ではない姉が、主人公に日常に紛れて忘れていた過去と、
姉の生き様の真実を突きつける。

姉は何故このような目にあったのか。
そして、何故この事故の前日に誰にも知らせず、妻殺しの前科を持った男と入籍したのか。
主人公の姉の人生を浮き彫りにする疾走が始まる・・・。

読み終わった後、一時放心状態になってしまう。
それが真保氏の作品の読後によくある後味だ。
その後味が悪いものか、いいものか、そういう白黒つけられない複雑な気持ちに
いつもさせられてしまう。
多分、読み手によってそれは、大きく異なるかもしれない。
なぜなら、主人公に登場人物たちの人生を推し量る作業をさせながら、
作者は実は読者自身をも巻き込み、読者それぞれが気がつくと自分の人生を振り返る
ような力を作品にこめているからだと考える。

だから、弱っているときには実はこの作者の小説はキツい。
しかし、乗り越えてそれを読みきった時見えてくるものは、
決して自分ひとりでは見られない情景なのだとも言おう。

この作品の中には良心的な人、自己中心的な人、
不器用な人、悪意に染まっている人など、あらゆるタイプの人種が登場する。
作者はその一人ひとりを主人公の姿を借りて浮き彫りにしていく。
人間のいやなところにも目を背けず、ありのままに。

読み手はスピード感のある展開に、いやおうなしにそれに付き合うことになる。
このスピード感がなければきっと目をそらしたくなる出来事も綴られ、物語は進む。

最後まで、いったいどうなるのか予想もつかない。
しかし、その最後の最後をどう受け止めるか。
それはやはり読み手ごとに違うのだと思う。
まさに、読み手の人生を物差しすることになるのであろう。

さて、「最愛」という思いについて、あなたの物差しはどう答えを出すのだろうか。

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最愛

最愛

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/01/19
  • メディア: 単行本


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ただものでない?太田光がらみ「人生の疑問に答えます」「憲法九条を世界遺産に」 [人生や物事について考えたいときに]

「爆笑問題」の太田光がはじけている。
彼のほとばしるエネルギーは誰にも止められない。
それをしっかり受け止めている、あるいはそれを凌駕しているパートナーとの
タッグで完成された作品2点をご紹介したい。


「人生の疑問に答えます」 養老孟司・太田光 養老孟司製作委員会編
NHK出版 2007年

NHKの人体や脳についてのシリーズの一環で放送されたものに、
「人生への疑問」への人生相談の形をとって養老先生が答え、太田氏が聞き役になる形
で放映されたものを本の形にしたものである。

放送を見なかった私にとって、養老先生と太田氏のバランスは絶妙に思われた。
養老先生のかなり浮世離れしたハイレベルな回答を、太田氏が自分にひきつけることで
現実を生きるものたちの悩みに結びつける。

内容は、「夢を捨てられない自分」、「自分らしく働くには」・・・など、
誰にでも心のどこかにひっかかっている小骨のようなテーマばかりで親近感がある。

養老先生のすっぱりした回答どおりに動けないとしても、何かその中から
自分が今できることはないか、と太田氏のコメントを読みながら思う。
そんなちょっとおもしろい人生相談集になっている。
仕事に悩んでいる人、自分の生き方について考えている人・・・
思ったとおりの答えではないかもしれないけれど、新しい視点が生まれるかもしれない。

人生の疑問に答えます

人生の疑問に答えます

  • 作者: 養老 孟司, 太田 光
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2007/01
  • メディア: 単行本





憲法九条を世界遺産に (集英社新書)

憲法九条を世界遺産に (集英社新書)

  • 作者: 太田 光, 中沢 新一
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/08/12
  • メディア: 新書

「憲法九条を世界遺産に」 太田光・中沢新一 集英社新書 2006年

 この2人の対談、どんなものだろう?と手に取った。
時、まさにこの本にふさわしく、8月上旬から中旬にかけて読んだのだ。

中沢氏は多摩大学芸術人類学研究所所長であり、哲学、宗教など様々な面から
ものごとを語っている。
さて、「爆笑問題」でいつもアブナイ発言をしている太田氏は?
最近、テレビで見ていても、ただのお笑いの枠をはみ出して政治的な発言を
挑発的に行っている。
中沢氏が冒頭で「太田君はラッパを吹いている」と書いているように。

宮沢賢治の思想から、日本人のメンタリティを語りだしたり、
「突然変異で出現した日本国憲法」と言ってみたり、
2人の会話はまさに限界なし、常識の枠なし、ボーダーレスであり、
スリリングである。
そのライブ感は読んでみておどろくと思う。

日本国憲法ができた過程を「奇跡的」といい、
敗戦し奈落で落とされ、後悔の底にあった日本人と、
当時のアメリカ人の中に生きていた思想の良心が作り上げたのが日本国憲法だという。
決しておしつけられたのでもなく、アメリカの策略でもなく、
アメリカとしても、建国の精神と理想の憲法を目指したのであり、
それをアジアの日本という国で行おうとしたのだ、と。

その中でも、九条は一国の憲法条項としていかに異例か、異質か、ということを
認めたうえで、それが国の政治に与える摩擦も当然のこととしながらも、
それでもこの究極の条件から生まれた奇跡のような法を変えることなど、
奇跡の宝を捨てることに等しいかのように2人は語り続ける。

個人的にも、九条は人間のぎりぎりのところでの、まるで生まれたての赤ん坊のような
「良心」そのものなのだと思う。
皆が、実は世界中が望むことを具現化しているにすぎないのだ。

その「良心」を持ったこの国の国民であることを私は限りなくうれしく思う。
そして、その「良心」があるからこそ、ここにとどまろうとしているのだと。


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壮大な中国の女性たちの物語 「ワイルド・スワン」ユン・チアン [人生や物事について考えたいときに]


「ワイルド・スワン」 ユン・チアン 講談社文庫 1998年

中国のことが知りたくなった。
そんな時手にしたのがこの作品である。

物語は著者の祖母が生まれるあたりまで遡って描かれている。
1900年初頭、まだ清朝の末期だ。
祖母は子供の時に足の骨を砕かれ、纏足をされる。
それが良家の女子には必要な時代だった。
そのため祖母はその父の政略結婚の道具にされ、
しかも初めての結婚でいくつも年が上の男の妾とされてしまう。
もちろん、そこに祖母の意思など関係はない。

そんな切ない部分から始まる事実にもとづくこの話は、
清朝の終焉、国民軍の反乱、そして中国共産党の統制へと変遷するとともに、
主人公も祖母から著者の母へと移っていく。

母は共産党員となりながらも、元ブルジョワで満州にいたことから
日本との関係、混乱期の国民軍との関係をしつこく疑われ、
さらに最初はお互いに認め合って結ばれたはずの夫が
党に忠臣を尽くすがために行う数々の冷たい仕打ちに心を砕かれていく。

その後、文化大革命を中心とした国の施策は主人公一家をふくめ、
多くの人々の人生も生活も振り回し、
焚書や文化遺産の破壊に象徴されるように、
それまでの中国の文明の遺産ともいえるものまでに大打撃を与えた。

物に対してだけではない。
人に対する不信感、常に誰かに密告されることの恐怖・・・。
今の私達には考えられないことである。

そうした祖母、母、娘三代に渡る中国での嵐のようなできごとを、
著者の家庭を中心にみごとなリアルさで綴っている。

考えてみると私自身もおどろくことに、
これらのことは1970年代まですぐ隣の国で起こっていたことであり、
さらに私達の国がそれらに無関係ではないのだ。

この作品を読むことで、大国の1世紀にわたる変遷と、嵐のような出来事、
それらがみな人への猜疑感や不信感、私怨、保身など、
人間の根底に潜んでいる恐ろしい感情から発していることを学ばずにはいられない。

そして、その一端に私達の国も関わってしまっていたことを、
過去のことではあってもよくよく考えなければならないとあらためて思うのである。
なぜなら、私達の国がどんなことをしたかということを、
中国はその国の視点で若者達に教えている一方、
当のわが国ではできるだけ事実でさえさけて通ろうとし、
何も知らない子ども達、若者達がほとんどであるからだ。

この作品では、日本人を直接避難することはしていない。
しかし、20世紀に起こった中国の様々な出来事の中で、
日本が第二次世界大戦当時に行ってきた出来事が
その後の中国の混乱の原因の一端をなしていることは
この作品を読むと良くわかるのである。

本当に「事実を知る」ということがどれだけ大切か。
それを様々な側面から思い知らされる大作であった。

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ワイルド・スワン〈上〉

ワイルド・スワン〈上〉

  • 作者: ユン チアン
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1998/02
  • メディア: 文庫


ワイルド・スワン〈中〉

ワイルド・スワン〈中〉

  • 作者: ユン チアン, Jung Chang
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1998/02
  • メディア: 文庫


ワイルド・スワン〈下〉

ワイルド・スワン〈下〉

  • 作者: ユン チアン, Jung Chang
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1998/02
  • メディア: 文庫


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心がキーンとする痛みを抱えて 「しずく」 西加奈子 [人生や物事について考えたいときに]


「しずく」 西加奈子 光文社 2007年

6編から成る短編集だ。
タイトルになっている「しずく」以外の5作は「小説宝石」に掲載されたものである。

「通天閣」でもそうだったが、このところ西加奈子氏は関西弁で書いているものが多い。
彼女自身関西の大学を出ているので出身なのだろうが、
そのことによって、何かパワーを感じる。

これらの6つの短編はどれもちょっとどきっとしたり、心がキーンと痛くなったり
何か「痛い」作品が多いのだが・・・

私が一番気になったのは「木蓮」という作品である。

なぜなら、なんとなく私が主人公の気持ちがわかるような気がしたから。
この作品には幼い女の子が出てくる。

その女の子は、今、主人公が付き合っているバツ一の男性の子で、
フライトアテンダントの元妻が長いフライトに行くことになると
主人公にも「1日預かってくれないかな」と彼の懇願がくる。

実は主人公は子どもが嫌いである。
でも恋人は手放したくない。
その板ばさみの果てに、結局その女の子を預かるのだが、
その子どもがまたひどく可愛くない。
これはたまらない。

しかし、あることをきっかけにこの主人公と子どもの関係は一変する。

そのきっかけは読んでのお楽しみとして・・・。

とにかく、いくら小さな子どもでも人間であること、個性があって、傷づく心があって、
親の離婚にもいくらタフに見えてもきつい思いをしているのだ。
ほかの短編にもそれらの「思い」は連なる。

どんな人にも、どんな猫にも、思い出があり、愛があり、辛さがあり、我慢があり、
哀しい過去もある。猫たちにはやや短い過去であったとしても。

そんなことに気づかせてくれる、短編集である。

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しずく

しずく

  • 作者: 西 加奈子
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2007/04/20
  • メディア: 単行本


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本と共にあった子ども時代の風景 「遠い朝の本たち」須賀敦子 [人生や物事について考えたいときに]


「遠い朝の本たち」 須賀敦子 筑摩書房 2001年

翻訳家であり、エッセイストであった著者の、子ども時代から学生時代までの
本にまつわるエッセイ集である。

著者は文学作品については比較的めぐまれた環境にはあったが、
戦時中をはさんで大人たちの目があり、
家にある本をなんでも読めるというものではなかったようだ。

当時は大人の読む本、子どもに向いた本、というのがもっとはっきりしていて、
大人たちは子どもには子ども向きの本を読むように教育していたことがよくわかる。

一方、年上の兄弟がいて、多くの蔵書を持っているらしい近所の友人が
なかなかそれらの本を貸してくれないことに嫉妬するなど、
本好きの少女らしい気持ちや、当時の少女向けの雑誌にまつわる話なども描かれている。

著者はサンテグジュペリを愛読してきたのだが、
それは「星の王子さま」に始まるというよりも、空を飛ぶ、ということから始まっている。

「人間の土地」をはじめ、彼の著書に関する章は非常に印象的である。
「城砦」の中の、
「きみは人生に意義を求めているが、人生の意義とは自分自身になることだ」ということばに
須賀氏は深く感銘している。

現在、「星の王子さま」の翻訳や解釈が百花繚乱する空気の中、
サンテグジュペリという人を考えるにあたり、この章はヒントをくれるような気がする。

子ども時代を中心にした本にまつわる出来事・・・
関西から子ども時代に東京は麻布に引越し、
学校が変わったことで方言を意識せざるをえず、
愛していた庭と別れてきたこと等が
著者に大きな影響と悲しみを与えていたことなどがとつとつと語られている。

そして、どの出来事にもいつもそばに本があった。

そんなエッセイを読んでいると、自分も常にそばに本がある日々を送っていたいと思い、
自らの子ども時代からの本とのかかわりへも思いを馳せるのであった。

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遠い朝の本たち

遠い朝の本たち

  • 作者: 須賀 敦子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2001/03
  • メディア: 文庫


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映画化!ぜひ原作も 「夕凪の街 桜の国」 こうの史代 [人生や物事について考えたいときに]


「夕凪の街 桜の国」 こうの史代 双葉社 2004年

以前からご紹介したいと思っていた作品だった。

漫画アクションに掲載された「夕凪の街」、「桜の国(一)」と、書き下ろしの
「桜の国(二)」が収録された単行本である。

戦中、原爆投下、被爆、戦後という時代と、
それを下敷きにして存在している現代という二つの時間から
「原爆」を描いている漫画である。
やわらかなタッチがハードな内容とはうらはらに、最初から読むものをひきつける。

映画化されることがわかり、ぜひ映画とともに、いやできれば映画を見る前に、
原作の漫画を読んでいただきたくて。

広島出身ながら直接原爆での無縁、と思っていた作者が、「ヒロシマ」と向き合った
作品である。

あとがきで「広島市に育ちはしたけれど、(中略)原爆はわたしにとって、
遠い過去で、同時に『よその家の事情』でもありました」と作者が書いているように、
今まで目を無意識のうち背けようとしてきたテーマに正面から取り組み、
女性ならではの視点から原爆の根深さを見事に描いている。

特に、「被爆者」「被爆体験」を一塊のできごととしてとらえるのではなく、
一人ひとりの人間にとって、それがどのような残酷なできごとであったか、
死んだ者だけでなく、生き残った者にとっても逃げ切ることができない
根深い傷であったかをやわらかい画で綴ることで、かえってその残酷さ、
辛さが読んだ者の心中に彫りこまれるような気がする。


「わかっていたのは『死ねばいい』と誰かに思われたこと」
「十年たったけど 原爆を落とした人はわたしを見て『やった!またひとり殺せた』と
ちゃんと思うてくれとる?」
というセリフの一つひとつ・・・生き残った被爆者の思い。


そして、被爆しなかった者にとっても、戦後の子どもたちにとっても、
原爆はまた逃れきれない悲しみを伴うものであった。

戦争について、多くの本を読み、話を聞いてきたつもりであったけれど、
ここまで「心」を描いたものは少なかったかもしれない。
漫画という手法によって、ここまで鮮やかに、
まるで追体験するかのように
「原爆」の現実を、
「原爆」は終わっていないということを伝える作品があったとは。

今だからこそ、この作品が多くの人の心に命の物語を、
戦争の、原爆の哀しさを、
消すことの出来ない苦しみを、
そしてそれが今だ続いている、という事実を
伝えてくれれば・・・と願わずにはいられないのだ。

                     *****

映画は7月下旬上映予定で、「半落ち」の佐々部清監督、
戦中・戦後のヒロインを麻生久美子、現代の主人公を田中麗奈が演じる。
いずれも期待できるキャスティングである。

映画については下記の公式HPをご覧いただきたい。
http://www.yunagi-sakura.jp/

この原作ができるだけ多くの今まで原爆を知らなかった人たちに、
そして原爆について知ろうとしてきた人たちの心に届くことを祈りたい。

夕凪の街桜の国

夕凪の街桜の国

  • 作者: こうの 史代
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2004/10
  • メディア: 単行本


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本当の幸せとは何か 「父からの手紙」 小杉健治 [人生や物事について考えたいときに]


「父からの手紙」 小杉健治 光文社文庫 2006年

母と姉弟を残して他の女性とどこかへ消えた父。
そんな父から毎年誕生日ごとに届く一通の手紙からこの物語は始まる。

いなくなった父を心の底で許せない一方、
毎年送られてくる手紙は主人公の一人である女性をいつも支えている。

「人間の幸福は困難を乗り越える勇気を持つことにあるのです」という
二十歳のときに送られてきた言葉は、その後逆境に立たされる彼女を
何度も立ち上がらせる力となる。

その彼女はいろいろなしがらみからある男と結婚することになるのだが、
そこである事件が起こる。

一方、ある中年の男が刑務所を出所する。
男にはどうしてもつきとめたい謎があった。
それは彼が犯した罪と関係がありながら、思わぬ方向へと調べるにつれて展開していく。

ひとつの事件と謎が、どう関わっていくか・・・・


この作品はまさに小杉健治らしい作品といえる。

デビュー作の「原島弁護士の愛と悲しみ」以来、
小杉氏の作品は罪のうしろにある思い・・・愛情を描いている。

罪を犯すとき、自分の怒りや自分だけのために犯罪に走る者も多いだろう。
しかし、その後ろに深い他者に対する思いが横たわっているとき、
それを誰がどう裁くのか。
そのような境遇にあるとき、人はどうするべきなのか?
その道は本当に間違っていたといえるのか?

この作品はまさに家族という一見強い絆で結ばれているように見える関係のもろさ、
その一方でその絆を守るがために罪をも恐れない一途さ。
しかし、その一途な思いは本当の愛なのか?

そう、それを常に作者は問いかけているような気がするのだ。

この作品でも小さな罪、大きな罪、うらぎり、様々な人間模様が描かれている。
しかし、主人公である若い女性を最後に支えるのは父の言葉である。

「幸福は困難を乗り越える勇気を持つことにある」
その本当の意味を最後に彼女は知ることになる。
そして、この長編を読み終わった私達読者にもその思いは強く残るに違いない。

間違えてはいけない。
本当の幸せとは何か、ということを。

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父からの手紙

父からの手紙

  • 作者: 小杉 健治
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/03/14
  • メディア: 文庫


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純愛ブームの萌芽 「天使の卵」 村上由佳 [人生や物事について考えたいときに]


「天使の卵」 村山由佳 集英社文庫 1996年

少し前に映画化されたこともあり、まだ読んでいなかった過去の話題作、
ということで読んでみた。

なんというか、これを読んで感激する人と逆に全く冷めてしまう人に別れるのではないか。
当方はどちらかというと後者であった。
もし20歳くらいの時に読んでいたらどうだろう?
それでも同じだったかもしれない。

主人公は浪人から芸大に合格する絵描きの卵。
そしてその彼が好きになるのは年上の精神科医。
しかし、彼の父は彼女のクランケであったが、一時帰宅している時に自殺、
彼女の妹は、彼の元彼女で、しかも彼を忘れられないでいる。

こんな設定で、最後は破綻する最後しか見えない。
その設定も、あまりに不幸が重なりすぎる。

しかし、この作品が著者のデビュー作として1994年に発刊したころには、
まさに純愛ブームの萌芽期であったろうし、そういう意味ではシンボル的な作品と
なったのであろう。
今読むと昔の「君の名は」ではないけれど、少々不幸と偶然が重なりすぎ、
不自然な感じがする。
愛することの純粋さよりも、その作為的な重なりが非常に気になる。

それは私が年をとったせいなのか、読み手の嗜好なのか。
いずれにしても、とりあえず読んでみました・・・という感じになってしまった。

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天使の卵―エンジェルス・エッグ

天使の卵―エンジェルス・エッグ

  • 作者: 村山 由佳
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1996/06
  • メディア: 文庫


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