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村上春樹氏のターニングポイント「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」村上春樹 [物語や絵本の世界を楽しみたいときに]


「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」
村上春樹 1985年初版(新潮社) 1990年 村上春樹全作品④(講談社)

半年くらい前、ラジオで「THE END OF THE WORLD」という曲を聴いた。
スキーター・デーヴィスだったかレンダ・リーのほうだっかた忘れたが、昔どこかで
聞いたことがあるような曲。ちょっとあまったるい。まあ、初めての大切な恋を
なくしたときの思いを歌った曲だ。何故か、この曲がずっとここのところ頭の中を
ぐるぐるしていて、なんでなんだろう、とよくよく考えたら、思い出した。
村上春樹氏の本の冒頭に抜粋されていた歌詞だった。

そうやって、「呼ばれる」ように本を読み出す時がたまにないだろうか。
しかし、初版で初めて読んだときには、あの曲は聴いたことがなかったと思う。多分。
世の中は不思議なことがまだまだたくさんあるのだ。

この作品を初めて初版本で読んだとき、読書には体力がいるなあと感じた。
集中力も必要だけれども、その基礎には体力がいる。
村上氏がマラソンをされていることはファンの皆さんはご存知と思うが、
これだけの作品を書くのには知力だけでなく、体力が不可欠なんだろうと思う。
(何しろ591ページある)

今回、何度目かの(それもしばらくぶりの)再読をしてみて、村上氏の長編においては、
ひとつの区切りになる作品だと確信した。
今回読んだ講談社版には、著者が自作について語っている小冊子がついていた。
そこにもご本人が「そろそろギア・チェンジする時期だった」
「この小説は作品的には僕自身の中でかなり重要な位置を占めている」
と書かれており、お、著者と意見があったなと思った。

この作品は、大きく二つの流れ=物語で構成されており、
最後にはその流れが大きな潮流となって一つのブラックホールのようなものに飲み込まれる。
一つは現実の「ハードボイルド・ワンダーランド」として、もう一つは「世界の終わり」として、
物語は進んでいく。
現実の世界では、私達と同じように(といってもハードボイルドとあるようにかなり特殊だが)
主人公はせちがない毎日をかなり特殊な仕事をしながら送っており、
そこから事件に巻き込まれる。
もうひとつの、ファンタジーのような物語の方では、主人公はやはり特殊な仕事をすることになり、
閉ざされた壁の中の街での生活を始める。
さて、それがどのようにつながっていくのか。

この作品で著者は「心」そして「無意識」が人間にとってどんな意味と価値をもっているのかを
描いているように思う。
最初はそれがわからないが、最後はそこに行き着く物語になっている。
そのためには、二つの流れにわけて進めていくことが必要だったのだ。

初めてこの物語を読んだ20年前(20年前!)には、この物語の前提自体が
私にはまだよくわからなかった。ただ、それでも面白くて、面白くて、多くの部分を自分なりに
解釈しながら寝る間を惜しんで読んだ。
今回、より深く読めたような感じがあるのは、現在のIT系の考え方や心理学、脳の構造、
論理的な考え方、哲学が社会的にオープンになり、そして私にとっては20年の年月の経験が
少しは初読のときより助けてくれたから、だと思う。

逆に考えれば、それを20年前に36歳でやってのけた著者はやはりタダモノではなかったのだ。
この作品は、著者にとっても記念すべきターニングポイントであり、その後の作品と比べても、
そのときにしか書けないような、まさに油が乗り切っている作品だと感じる。

余談だが、新潮社で初版のハードカバーを買ったときは上下2巻構成だった。
それが文庫化されたときも、2巻だった。
初版本は、わけあってずいぶん昔に知り合いに進呈した。
その後買ったはずの文庫はいくら探しても見つからなかった。
捨てるはずも、売るはずもない。あの、奥深い本の峠の向こうに潜んでいるに違いない。
そこで根負けして図書館から借りてきてみたら、なんと全集になって1冊で現れた。
昔の著者の作風に書けば「ちょっとしたダンベル代わりになりそうな重さ」というところである。
しかし、冒頭で書いたように、著者の自作についてのコメントがついていて、
この作品に関して自分の考えとほとんどブレがないことが確認できただけ
この厚さと重さに耐えた甲斐があるというものだ。

年末・年始のお時間のあるときに、ぜひ体力と集中力、
そして周りに軽いつまむものと飲み物でもそろえてトライしていただきたい1冊である。
ハードボイルドなハラハラ感と、しんみりとした心の奥に響くような感じの両方が味わえるはずだ。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

村上春樹全作品 1979~1989〈4〉 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

村上春樹全作品 1979~1989〈4〉 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1990/11
  • メディア: 単行本


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/09/15
  • メディア: 単行本


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1988/10
  • メディア: 文庫


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1988/10
  • メディア: 文庫


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武田のおじさん

 わたしは数年に1冊程度しか、本を読まない人間で、ここにお邪魔するのは場違いみたいな気もしますが、(雑誌などは除いて) こころよくお付き合いしていただいている事に感謝しています。ほんと本屋にはよく足を運ぶのですが、フィーリングというか、「これ!」というものにぶつからないと、買ったり読んだりしないタイプです。
 ところで、イラスト掲載しました。ぜひ来て下さい。そして何なりとコメントしていただければ、ほんと幸いに感じます。では、失礼します。
by 武田のおじさん (2005-12-19 12:01) 

ニライカナイ店主

武田さんへ>
ありがとうございます!
感謝の念は武田さんのブログにコメントさせていただきますね。
これからも、こちらにも遊びに来てください。
by ニライカナイ店主 (2005-12-19 19:53) 

武田のおじさん

よろこんでいただいて本当によかったです。そして、SOSに答えて下さり感謝です。ほんとあせりました。まだまだパソコンは不慣れでして・・・。とか言って実はパソコンを持ってもう4年になります。持つだけでは上達しませんけど・・・。
 でも、ここ数日でパソコンを打つのが速くなりました。我流ですけど。
 今までパソコンを開けるのは1週間に1度くらいでしたが、ほぼ毎日開いています。いま本を読むより、ブログを読むのにハマってしまっています。だけど、ブログを通してもっと積極的に本も読まないとと感じているのも事実です。
 だけど今はブログ遊泳が楽しい。また来ます。わたしも今度、好きな本の紹介してみたいです。数冊しか手元に無いけど・・・(それってほとんど読んでないってことじゃん。)ちゃんちゃん。
by 武田のおじさん (2005-12-19 21:10) 

ニライカナイ店主

武田さんへ>
書いていただいたイラストに直接アクセスできるように、
ここにリンク貼らせていただきます。(事後承諾ですみません)
こんな感じのブックカフェがいつか開けたらいいですね・・・。
http://blog.so-net.ne.jp/tadano-ojisan/2005-12-19
by ニライカナイ店主 (2005-12-20 20:16) 

sei71

こんばんは,私がこの本を読んだのは高校生くらいだった気がします.
一気に村上春樹氏の作品を年代順に読んでいったので,私も確信します.
「ターニングポイント」という事に.
この作品から「コミット」「無意識と意識の間の自分」という
コアにさらに近づいた気がします.
ちょっとずれますが,彼の作品に出てくるちょっと変わった人たちの描写,好きだったりしますw
by sei71 (2005-12-24 02:15) 

ニライカナイ店主

惺さんへ>
お、意見が合いましたね。ご来店&ナイスありがとうございます。
私もほとんど初版ペースで読んできているのですが、
実はこの本が小説では一番好きかなあと思います。
それだけに、ターニングポイントでもあり、私にとってのある時期の村上氏の
ピークでもあると考えています。
太ったピンクの彼女は凄いインパクトですね。象工場もあそこで出てきている。
羊男、いるかホテルにも匹敵する想像力をかきたてる何かがあるような?
登場人物ではカフカの大島さんが好きなんですけどね。
by ニライカナイ店主 (2005-12-24 18:19) 

ニライカナ店主さん
コメントありがとうございました。
年末~年始にかけて3冊、春樹モノを読んだので
ますますパワーアップしていきます(笑)
カフカの大島さんは、本当に味がありますよね~
「神々の子は皆眠る」のカエルくんが私はお気に入りです。
これからもよろしくお願いしま~す!
by (2006-01-11 22:55) 

ニライカナイ店主

ねこばすさんへ>
ナイス&コメント&初ご来店ありがとうございます!
カエルくんのファンは結構いるようですね。人気者のようです。
村上作品、しばらくはエッセイ中心かもしれませんが、
今後も紹介していきます。また遊びに来てくださいね。
by ニライカナイ店主 (2006-01-12 00:24) 

YumYum

こんばんは。
「村上春樹氏はスタンゲッツがお好き?」
何の事かわかりませんよね。

実は、私の敬愛する寺島靖国氏が村上春樹氏の大ファンで、
『自分も物書きをやっている限りは、いつか、村上氏のような文章を書いてみたい』
というぐらい信奉しております。
なので、しょっちゅう寺島氏の文章には、村上作品に触れた事が書かれます。

当然のごとく、私も興味を惹かれるのですが、いまだに一冊も読めていません。
なぜなのかは全くわかりません(たぶん本の虫が冬眠中だったせいでしょう)

ここに来て、がぜん読みたくなりました。
村上ワールドへ一歩踏み入れてみます。
もっとも、最初からこの大長編というわけにはいかないでしょうが。
何にしましょうかなぁ。

ちなみに、寺島靖国氏はJAZZ喫茶店主にしてJAZZ評論家?で平成のケーブル師です。
by YumYum (2006-02-07 23:23) 

ニライカナイ店主

YumYumさんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。
あはは、わかりましたよ、スタンゲッツ。
寺島さんって、吉祥寺でお店やってらっしゃる方ですよね?
お名前は存じています。実は私は洋楽も好きなのですが、どちらかというと
歌入りのほうに傾きました。さらに、映画音楽等いわゆるイージーリスニングに
行ってしまいましたので、ジャズは本当に有名なものしか知りません。
よって・・・村上作品に出てくる多くのジャズ曲も知らないものもあり・・・。
「ポートレート・イン・ジャズ」「意味がなければスイングはない」とジャズから
入っていくか、あとはジャズが盛りだくさんの作品から入っていくか・・・。
「羊をめぐる冒険」も確かかなり曲名が出ていたと思いますが、これも長編
なんですよ・・・・。あえて、村上文学ワールドに、ということであれば、短編から入ってみてはいかがですか?それでダメだったら、エッセイへ。
短編は、古いですが「中国行きのスローボート」
http://blog.so-net.ne.jp/book cafe-niraikanai/2005-11-28
エッセイなら、ジャズにあいそうな「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」(平凡社)をお勧めします。(→8日掲載しました)ジャズを聴きながら、ウィスキーのグラスを傾けて読むには奥さん(村上陽子さん)が撮った写真もあり、いい感じですよ。そのいずれかでOKだったら、「海辺のカフカ」あたりに行っちゃってもいいかもしれません。そしたら、ぜひこの「世界の・・・」もトライしてみてくださいね。
by ニライカナイ店主 (2006-02-08 20:36) 

YumYum

そうです、そうです、吉祥寺メグのアバンギャルドな爺さんです。
たくさんの御紹介、ありがとうございます。
「ポートレート・イン・ジャズ」→ビルエバンスですね、なかなかいいです。
「羊をめぐる冒険」「海辺のカフカ」このあたりは書名だけは知っていました。
そうですね、まずはエッセイあたりからトライしてみます。
by YumYum (2006-02-09 00:16) 

ニライカナイ店主

YumYumさんへ>
私は店には行ったことがないのですが、一時吉祥寺によく通ったことがあったので、さすがに耳に入っていますよ。
私はジャズの知識が少ないので、その空気感を読みきれなくて残念に思った
ことがなんどもありました。ちょっとうらやましいです。ま、これからも精進?
しますけれど・・・。でも、もうこの齢になるとストックを聴くので精一杯であり、
それでもいいか、という気になっても来ます。これじゃいけないな・・・と思いつつ。
by ニライカナイ店主 (2006-02-09 10:54) 

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