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宮部みゆき初期の逸品 「龍は眠る」 [ミステリーを楽しみたいときに]


宮部みゆき 1991年初版(出版芸術社) 1995年講談社文庫初版

中高時代の友人Sが「火車」を貸してくれたのが先だったか、この作品を読んだのが先だったか、
実はよく覚えていない。
いずれかが、宮部作品と私の初めての出会いである。
「火車」の件はまた後日述べるとして、デビュー作は1987年オール讀物推理小説新人賞の
「我らが隣人の犯罪」であるから、「龍は眠る」も初期の作品と言っていいだろう。

この作品はサイキック=超能力者の少年と偶然嵐の日に出会った雑誌記者の目を通して
語られていく。この記者はある出来事によって、左遷され、関連週刊誌の記者として甘んじている。

しかし、ある嵐の日にその少年と出会ったことで、そしてその時起きた事件によって、
「彼ら」の世界に踏み込んでいく。いや、踏み込もうかと悩んでいるうちに、巻き込まれていくのだ。

超能力を信じるか・・・
その戸惑いの中で少年とその友人である、より強い能力を持つ青年とかかわらざるを得なくなった
記者は、事件に巻き込まれ、同時に自分の過去とも向き合わざるを得なくなる。

宮部みゆきの最大の武器は、その人の立場に立って、言葉を書けるということだ。
そのことにこの作品によって気づき、驚き、このような作家が走り始めたことを心からうれしく思った。

サイキックの苦しみ、信じてもらえないと思いながら、自分ひとりではどうしようもなくて、
「この人なら」と思える大人を頼るしかない「実社会」では非力な自分の情けなさ。
少年の言葉は、まさにそこに生きるサイキックの少年の悲鳴そのものだ。
まわりの人間の思いがすべて好むと好まざるとに関わらず、頭の中に入ってくるとしたら・・・。

思いがけず頼られる記者。
その戸惑いと一度捨てたプライド。少年を信じたいけれど、常識が「やめろ」という。
その記者の苦しみも、悩みも、この本の中で息づいていることが手に取るようにわかる。

そして・・・。さらに強い力をもち、その力を暴走させ始めるもうひとりのサイキックの青年。
彼の思い、彼の愛、彼の決心。
すべて、すべてがこの本の中で「生きて」いるのだ。

それは、宮部みゆきという作家の天賦の才によるものであり、
さらにはその根底にある、人間に対してのいつくしみの深さなのだと思う。

私自身、サイキックがいるかどうか信じているのだろうか?
でも、それは今、問題ではない。
少なくとも、この作品のなかでは真実なのだから。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

龍は眠る

龍は眠る

  • 作者: 宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1995/01
  • メディア: 文庫


nice!(3)  コメント(12) 
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コメント 12

こんにちわ。
私の宮部みゆきさん読書歴は、初期の頃の作品を数冊。
その後、ファンタジー系中心に。と言った感じです。
(広い意味の)サイキックものでは
「クロスファイア」「魔術はささやく」「レベル7」(←これはジャンル的に正しくないかも)などを読んだ事があります。
「龍は眠る」って確かテレビドラマ化されたような?
その時、気にはなっていたのですが、まだ未読だったりします。
今度読んでみたいですね。やっぱり。。。
by (2006-02-19 19:32) 

YumYum

こんにちは。
宮部みゆきさんについては、
一時書店で平積みしてあった『模倣犯』ぐらいしか知りませんでした。
ただ、わたしはベストセラーを敬遠する傾向がありますので(笑)
それも読んでいない状態です。
なるほど、SF、ミステリー系だったのですね。
食わず嫌いになるところでした。さすが店主さん!
by YumYum (2006-02-19 21:04) 

ニライカナイ店主

norizo!さんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。norizo!さんの読書歴を教えていただいて、ふと自分の本棚を見てみると、最近の時代物以外は結構読んでいることがわかり、ちょっとびっくりしました。それで思い出した面白いことが二つ。一つは
「魔術はささやく」の冒頭の夕刊紙と「龍は眠る」の記者が属する週刊誌の名前が同じこと。もう一つは、「R・P・G」には、「クロスファイア」の石津刑事と
「模倣犯」の武上刑事が協力して謎を解決しようとした、ということ。結構読ん
でも忘れているものです。ただ、「クロスファイア」の石津刑事はやや中途半端
な形でしか救うべき彼女とかかわれなかった、というところが読書後、残念に
感じていました。もちろん、雑誌記者と警察という機構の中で働くものの自由度
の違いであることは、「R・P・G」にさらっとではありますが触れられています。
ファンタジー系では私は「イコ」、「ブレイブ・ストーリー」あたりを読んでいます。
どちらも夢中になって面白く読むことができました。
「龍は眠る」のTV版は見ましたが、(確か遅い時間だったか?)いまひとつ
でした。原作を読んでいたので、むむ、という感じでした。
初期のものですが、感情を揺さぶる力が大きいです。ぜひ、ご一読を。
by ニライカナイ店主 (2006-02-20 23:02) 

ニライカナイ店主

YumYumさんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。私も、ずいぶん経つまで「窓際のトット
ちゃん」を読まなかったクチですから、気持ちはわかります。宮部氏は早い
うちに知ることができたので、だいたい出版と同時にトレースできたのは
先入観が入らずラッキーでした。ミステリーでも、「蒲生邸事件」とか、「誰か」
など、ちょっとひねったあたりから入ってみてもいいかもしれません。
ただ、「火車」はすごい作品なので、読む価値はあると思います。
あとはさらにひねって、時代モノミステリー(「本所深川ふしぎ草紙」、「かま
いたち」、「幻色江戸ごよみ」等)から入り、「平成お徒歩日記」などエッセイを
読むのも結構楽しく、オトナ的ミヤベ愛好法かもしれません。
by ニライカナイ店主 (2006-02-20 23:09) 

私もずいぶん昔に読んだことがあります。
ぼんやりとしたあらすじのみで、詳しい内容は忘れてしまいましたが、
サイキックの少年が、敢えて自ら風俗に出かけたと告解するシーンが
妙に印象的だったことを覚えています。なんとなく、人間の最も原始的な
嫌悪感が覗けそうで、とても怖いやら悲しいやら…強烈な印象でした。
私は個人的には「レベル7」が一番好きです。宮部作品で一番最初に読んで
インパクトがあった所為かもしれませんが…。
by (2006-02-21 23:55) 

ニライカナイ店主

springsnowさんへ>
ご来店ありがとうございます。私もこの作品、1番目か2番目に読んだから
かなり強烈だったのかもしれません。私が思ったのは、こういう能力を
持っている人がいるとしたら、本当に苦しいんだろう、という強い印象でした。
すごくきれいで、清潔そうな女の子がすごく打算的なことを考えていたり、
嫌なことを思っていたりすること、すべてが読めちゃったらたまりませんよね。
「レベル7」、多分読んでいるはずですが、実家のダンボールの中にあるようで、いまひとつ思い出せません。陰気な表紙だけはなぜか覚えています。
やはり、最初に読んだ本というのは強烈な印象が残るんですね。
by ニライカナイ店主 (2006-02-22 00:56) 

YumYum

時代モノミステリー。イイトコつきますねぇ。
実は結構好きなんですよ。
『鬼平犯科張』『なめくじ長屋』などね。
で、ニライカナイさんのコメントを拝見する前に、
珍しく平積みの『ぼんくら』を衝動買いしてしまいました。
「本所深川ふしぎ草紙」「かまいたち」「幻色江戸ごよみ」
順々に制覇していきますかな。
by YumYum (2006-02-22 23:35) 

ニライカナイ店主

YumYumさんへ>
ははは・・・実は私も「鬼平」は全部読んでいます。
先日TVでスペシャルやったときも、ついつい見てしまいました。
父が読んでいたので、借りて読み倒し、好きなものだけ自分で買いました。
食べ物のシーンがたまらないですね(笑)。一本うどんとか。
宮部作品の時代物は、一部NHKでドラマ化されたりもしていました。
高橋秀樹が主人公だったですかね?少し原作から変更されていますが。
「ぼんくら」・・・実は積読中です。やばい。YumYumさんといっしょに
読みましょうかね?
by ニライカナイ店主 (2006-02-23 10:36) 

you

こんにちは。
私も宮部みゆきさんとの初めての出会いは「龍は眠る」でした。
やはり超能力に多いに惹かれたというか。これはラストシーンが良いですよね。
記者と唖者の恋人が手話で会話するところが。
宮部みゆきさんの著書はファンタジーを除いてほとんど読んでいます。
(棚一段を占めていて引っ越しの業者さんに「この棚は宮部みゆきさんでお願いします」と言ったら「もう宮部みゆきさん買えませんよ」と言われてしまいました)
私はどちらかと言えば短編よりも長編が好きなのですが、意外にも一番のお気に入りは
「ステップ  ファーザー ステップ」です。気の違ったお神酒徳利のコンビが気に入ってます。
by you (2006-03-21 09:32) 

ニライカナイ店主

youさんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。
そうでしたか・・・私はファンタジーも含めて読んでいるので凄い数になってしまい、秘密の小部屋の本の山の一角をなしています。時代物は今積ん読状態になっているものがあって、心苦しいです。私も実は「ステップ ファーザー ステップ」、妙に気になって、時々山の一角から取り出して読んでいます。あの頃は、宮部さんもいろんなタイプの作品を書いて「試して」いたような感じがありますね。あまりに本のスペースが増殖して我が家を占領し始め、とうとう小部屋からもはみ出すようになったので、最近は図書館や文庫になるまでの我慢を強いられている哀しい状況です。
by ニライカナイ店主 (2006-03-21 12:42) 

you

我が家も私の部屋が図書室となっており、棚7本に棚の上まで、本が溢れています。
床が沈まないかと心配です。(*_*;  
柳田邦男氏の『マリコ』は、随分以前に読みましたので、もうほとんど忘れてしまいましたが、また読みたくなる本ですね。
by you (2006-03-22 00:42) 

ニライカナイ店主

youさんへ>
棚7本ですか・・・木造ならやばいですね・・・。
私もあのスライド式の大き目の本棚を3つくらい並べて、そのほかに自分が
繰り返して読みそうな本を移動式の小さな棚に入れて家の中を持ってあるきたいですね、ペットみたいに。
「マリコ」は、真珠湾攻撃の日にもよく思い出す一冊です。
これだけいろんな技術が進んでも、やっぱり戦争か、とつい思ってしまうのです。人間の中身はほとんど進歩していないんだろうか、と。
by ニライカナイ店主 (2006-03-22 02:25) 

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