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立ち泳ぎをする様に読んだ 「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」 [人生や物事について考えたいときに]


「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」 江國香織 集英社 2002年3月初版

この本を読んだきっかけには、ちょっとしたいわくがある。

あるとき、何度か訪れたことのある地方都市で、一人で一定の時間を過ごさねばならなかった。
その季節にしてはかなり暑い日で、暑さに弱い私は日陰をたどりながらも、ばてきっていた。
そのあたりには残念ながら、昼前から開いているこじゃれたカフェなど一つもない。
そこで目に入ったのがその地区の小さな図書館分館であった。

もちろん初めて入ったその小さな分館は、公民館併設のワンフロアで、
なぜか子供の本が4分の3を占めている、児童書好きの私にとってはうれしいような、
それで一般書はいいのか、と思うような複雑な分館だった。

窓が開け放ってあるので、公民館から歌声まで聞こえてくる。
そこで、とりあえず汗が引くまで・・・と一般書のコーナーに行き、自分の興味を引きそうな、
しかもちゃんとクールダウンになるような内容の本を探して回った。

数少ない大人のための本の中で、あっ、と思ったのがこの本だった。
ずっと気になっていたが、読んでいなかった本。
これもめぐり合わせ、と手に取った。

10編の物語からなる短編集であるこの作品は、作者によれば、
「愛にだけは躊躇わない(とまどわない)―あるいは躊躇わなかった女たちの物語」と
最後に自ら語っている。

一人ひとりに人生があり、本当に短い刹那であっても、あるいは他人から見たら、
あるいは後から考えれば過ちであったとしても、
その人にとってその瞬間はかけがえのない「真実」そのものなのだ、ということを
すべての物語が叫んでいるようだった。

人の人生とは、他の人のそれとは決して取り替えることなどできないのだ。

そして、意見をできたとしても、本当の意味でその人の代わりに生きることなどできはしない。
自分の人生は自分自身のものであると同時に、自分だけが背負っていかねばならない
過去であり、未来でもある。

一つひとつの短い物語は、彼女達の人生の一片を鋭利なカッターで切り取ったかのように、
あるいは無造作に手でちぎり取られたように、そこに浮き上がり、漂っている。

それぞれの物語は、不倫あり、別れた後の脱力感あり、別れようかどうか考えている最中の
迷いなど、様々なシチュエーションである。

そのうちの誰かに、私達も当てはまりそうで、当てはまりはしない。

それが、人間というものだ。そして、人生というものなのだと思う。
小説の意義はそこにこそ、あるのかもしれない。

当てはまらないけれど、どこか似ている。
あるいは危ういほど似たようなことをしようともくろんでいる。
そして、小説を読んでどうするのか。それは人それぞれだ。

これらの短編を読んでいると、人生が非常に危ういもので、
どこで右に曲がるか、左に曲がるかで全く違ってしまう。
確かに自ら選ぶ道なのだが、その結末を見ると、ああ、あまりに残酷な・・・と
自らの人生もつい振り返ってしまう。
しかし、彼女達のすべてがそれを恨んだり、後悔しているわけではないのだ。

人生は足のつかない海を泳ぎ続けるようなものかもしれない。
そんな「不安定・非安全」な人生を泳ぎつづけていく私達に、
作者は「うまく泳いでね」とささやきながら、すいすいときれいなスイミング・フォームで
通り過ぎていったような気がした。

残された私は、ふと立ち泳ぎをしながら、これからの自らの泳ぎ方を、
そのペースと方向を考え込んでしまうのだ。
しかし、あくまでも生まれてきた以上、泳ぎ続けなければならない人生という海が
広がっているだけだ。

小さな小さな、ある地域の図書館分館の窓際に置かれた一つの椅子で足を組み、
そんなことを考えながらこの本の表紙を閉じた。
生暖かい風に吹かれながら。
確かに、その時汗は既に引いていた。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

泳ぐのに、安全でも適切でもありません

泳ぐのに、安全でも適切でもありません

  • 作者: 江國 香織
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 文庫


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コメント 2

歩林

[その人にとってその瞬間はかけがえのない「真実」そのものなのだ]
後悔することも多い私ですが、この言葉には励まされます。
よみますね。(いまは、嫌われ松子の一生をよんでます)
by 歩林 (2006-05-27 19:42) 

ニライカナイ店主

歩林さんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。
そう開き直るまでに結構時間のかかる私です。でも、やはりある程度の
年齢になったら、どんなに小さなことも自分が選んでいるんですよね。
その積み重ねが今なのか、と思う今日この頃でもあります。
「嫌われ松子の一生」どうですか?強烈そうですよね・・・。
by ニライカナイ店主 (2006-05-28 15:35) 

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