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十通の手紙 4 [ゴールデンブログアワードノベル]


第2章 <4>

 僕は翌日の待ち合わせ場所に、理沙の自宅の最寄り駅前を指定した。約束の時間を少し過ぎ、
地図と格闘しながら辿り着いた汗だくの僕が車から顔を出すと、理沙は目を丸くして近づいてきた。
 僕は、初めて車で自宅の周辺以外を走ったのだ。当時の車には、そうそうナビゲーションシステムなどついてはいなかった。

「いつ免許取ったの?知らなかった!」理沙はうれしそうな、楽しそうな顔ではしゃいだ。
「ついこの間。驚かせようと思って黙ってたんだ。初めて隣に乗せるのは理沙って決めてた。」
 僕は格好良くそんなセリフを言いながらも、大丈夫だろうか、と心配になった。ここに来るまでで
力尽き果てるほどだった。理沙を乗せても大丈夫なんだろうか。父から借りたセドリックは、教習車
よりかなり大ぶりだった。
 その心配を感じ取ったのか、理沙は言った。
「私ね、地図を見るのだけは得意なの。父が方向音痴だから。」

 その日、僕が立てたプランは横浜にドライブして、中華街を見て、オシャレなレストランで食事
して、山下公園を散歩する、というものだった。理沙の最寄駅からだと、高速まで戻るよりも、一般道
で南下していくほうが近いはずだ。
 しかし横浜にたどり着く前に、多摩川を渡ったあたりで行き止まりの細い道に入り込んでしまった。
僕のほうが悪いのに、しきりに理沙が謝っている。
「ごめんね、私の説明が悪かったのね。もう一つ前の交差点で曲がらなきゃいけなかったのね。」
 今の若者はナビのない車なんて考えられない、と思うかもしれない。でも、その時は地図を見る
しかなかった。バックするしかない。そして、僕はバックが苦手だった。格好の悪いところを理沙に
見せてしまった。

 予定よりも四時間も遅くなって、なんとか横浜に着いた。
 調べておいた駐車場に車を入れて、まずは食事をする予定の店を探す。これも、理沙が好きそう
なところを探しておいた。ところが、歩けど、歩けどその店が見つからない。
「私はどこでもいいのよ」と理沙は言った。少し疲れているようだ。それでも、理沙は横浜に来たのは
初めてだと言って、うれしそうだった。結局予定の店をあきらめ、小さな感じのよいレストランを
なんとか見つけて入った。
 シンプルなコースを頼んで、僕自身がほっとして理沙を見ると、理沙も疲れているはずなのに
とてもうれしそうな顔をしていた。
「このお店、かわいいわね。カフェ・カーテンがかかっていて、白い壁が素敵。」
 出てきた料理もまあまあだった。理沙はおいしい、おいしい、と何度も僕に笑いかけた。それまで僕らは、せいぜいファーストフードや喫茶店しか入ったことがなく、こんな風にちゃんと二人で食事をしたのも初めてだった。
 僕はその時、この子とだったら、きっと楽しい人生が送れるのかもしれない、とふと思った。食事の時間を楽しく共有できることが、どんなに人生で大切かという事を思い知ったのは、残念ながら
それからかなり後のことだった。店を出ると、既に夕暮れが僕らを包んだ。

 僕らは店の一本海側にある道を渡り、山下公園に向かった。もう、あちこちで明かりがついて夕景
をロマンティックに彩っていた。もうすぐ春だということを海からの風が教えてくれる。寒くはないけれ
ど、理沙の手を引いて、その手のひらの温かさを感じていたかった。
 理沙はまっすぐ前を向いて、風に気持ちよさそうに吹かれていた。理沙の前髪が揺れる。僕達の
視線の先に、次第に暮れていく海の色が遠く見えてきた。

 僕らの前にはその時、ひとかけらの陰りも無かった。大学に受かったことで将来のすべてのことが
約束されたような気がしていた。大切な人はすぐそばに居た。僕は、もうそれだけで満足だった。
引き止める過去もなく、これから先のことを今あえて深く考える必要も感じなかった。

 山下公園はいつの間にか恋人たちで一杯だった。僕は一瞬、理沙と僕もこんな風な恋人同士
なんだと思い出したように気が付いた。なんだか間抜けな話だ。
 ただ、僕には何故か理沙をこれ以上に求めたいという気持ちは無かった。少なくとも、その時は。
理沙は、僕にとって風のように自然な爽やかな存在であって、抱きしめたり、キスしたり、ましてやそれ以上のことをしたい、という気持ちは持っていなかった。
 それって、変なことだったんだろうか?今となっては、YESでもあり、やはりNOでもあるような気がする。

 その時、理沙が「もう遅くなっちゃったね・・・。」とつぶやいた。理沙の当時の門限は九時だった
のだ。僕のあの運転で帰るとすると、もう帰途に着かなければいけない。
「また、連れてきてくれる?ドライブ。」
 彼女はきれいな瞳で僕を見上げた。
「もちろん。もっと、ましな運転でもう少し遠くへね。」と僕。

でも、僕らが二人で「もう少し遠くへ」ドライブをすることはもう無かった。(続)


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コメント 5

武田のおじさん

理沙さんが素敵です。私なら絶対、理沙さん。だけど、どこで歯車が狂ったのか真理子さんといる・・・。ん~、何ででしょうね~夜も眠れなくなっちゃう!!
チャンチャン。
by 武田のおじさん (2006-01-24 01:34) 

ニライカナイ店主

武田さんへ>
理沙のファンになってくれて&ナイスありがとうございます。
私も理沙には思いいれがあります。それが描ききれるか自信がありませんが、
今の私の筆力でできるかぎりの表現をしたいと思います。
でも、お願いですから寝てくださいね(笑)。
by ニライカナイ店主 (2006-01-24 02:04) 

ニライカナイ店主

naotoさんへ>
ナイスありがとうございます。
励みになります。月末までもう少し。
少しでも良い作品にするべく精進します。
by ニライカナイ店主 (2006-01-24 19:16) 

はりなたる

わ〜、続きが気になります。。。(>_<)
それにしても、描写の1つ1つが技あり!って感じで、それでいてしつこくなくて、静かだけど、すらすら読める感じ、とても好きです。どうなるのかなぁ。。。これから。ウキウキ。。。(^^)
by はりなたる (2006-01-24 20:20) 

ニライカナイ店主

はりなたるさんへ>
ナイス&コメントありがとうございます。
過分なお褒めの言葉で照れます(汗)。
自分も受験をしているような気持ちになってきました・・・。
なりなたるさんはもうすぐゴールですね!私はもうひと山、ふた山です。
by ニライカナイ店主 (2006-01-24 21:03) 

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