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十通の手紙 8 [ゴールデンブログアワードノベル]


第3章 <1>

 久しぶりに実家の自分の部屋に一人座っていると、なんだか変な気分になる。
 多くの場合、結婚して2年もすれば、もう自分の家のほうが落ち着くという声を聞く。しかし、僕の
場合はなんだか時間が巻き戻されて、学生時代の自分に戻っていくように、この部屋にすっとなじ
んでいることを感じる。
 それは、あるいは真理子から解放された一人の人間としての、ありのままの僕になっているという
ことかもしれない。ああ、でも別に真理子にとやかく言える自分ではない。そういう言い方は変だ。

 でも、僕は今、一人の人間としていつになく素直な気持ちになっていた。

 理沙には、真理子と結婚することをさりげなくトリプルデートの第三の男から伝えてもらっていた。
というのは、実はあのトリプルデートで出会った二人(関東北部の大学にいっていたヤツとペアに
なった女の子)はなんと三年前にゴールインしていて、その奥さんから理沙に連絡をしてもらった
のだ。
 僕が直接連絡をとれるような立場でないことは自分でよくわかっていたし、きっと結婚した事が
わかれば、察しのいい理沙は二度と僕に連絡を取ってくるようなことはしないだろうと思っていた。

 しかし、封書は元旦に去年も今年も来た。
 今まで一人で住んでいた茨城の勤務地近くのマンションでなく、実家のほうに送り直すところが理
沙らしい配慮だ。

 あの最後に会った日の直後に送られてきた手紙以降、毎年理沙は実家に、そして僕が勤務医に
なってからは誰かから聞いた勤務地の住所に毎年正月に一度だけ、短い封書を送ってきた。
 手紙はいつも、僕の健康と活躍を祈っている、というような短い内容だった。

 また会いたいとか、自分がどうしているかとか、そういうことは一切書いていなかった。
 時に、僕は何故このような手紙を理沙が送ってくるのかを考えてみることもあった。理沙がこの年
賀状に形を変えた連絡をなぜ僕にとりつづけるのか。

 その時まだ僕は、理沙と最後に会った直後にもらったあの手紙の内容さえ、きちんと理解してなか
ったのだ。

 その不思議な年始の手紙も今年で十通目だ。結婚した男に、いったい何を言おうとしているのか、
去年と同じように手紙を空けるのに躊躇した。去年とまた同じように、なんということはない挨拶
だけなのだろうか。

 下の階から母の声がかかった。
 とりあえず手紙を自分の部屋の机に開封せず置いたまま、リビングに降りて父と酒を飲みつつ、
母の手料理をしばらくぶりに食べ、近頃のお互いの状況について話をした。

 もうすぐ十時になろうかという頃、父はもう眠る、と言って先に床に行った。
「最近はお父さん、早いのよ、寝ちゃうの。もう年なのよね。」
 母がおせち料理の皿を片付けはじめた。ここで早く切り上げないと真理子への愚痴になることは
目に見えている。
 悪いけど先に寝るよ、と一言母に残し、二階の自分の部屋に戻った。机の上に、理沙からの白い
封筒がぽつんと残されている。いつもより、気のせいか少し厚みがあるように感じた。

<2>

  いかがお過ごしですか?
  立派なお医者さんとして活躍されていることと思います。
  結婚されて2年ですね。もう新しい生活にもなじまれた頃ですね。
  
  今、幸せですか?

  それは愚かな質問かもしれません。
  奥様はきっとあなたにお似合いの、とても素敵な女性なのでしょう。
  これは嫌味ではなく、そうあってほしい、という私の願いでもあります。

  私は相変わらずです。

  十年。

  あの時には、こんなに長い時間が本当に流れるとは考えてもいませんでした。
  今思えば当たり前の話ですが、当時そう感じたのは私が若かったからなのでしょう。
  なんとなく、夢のような、長い長い、でも短い時間でもありました。

  そして、あなたともう一度、会うことができればどんなに良かっただろう、という気持ちと、
  会わなくて良かったのかもしれない、という両方の気持ちがあります。

  十年間、結局私はあなたのことを忘れられませんでした。
  そして、ずっと、あなたを好きでした。
  十年の年月は人の姿かたちを、そして心のありかたも変えるには十分な時間だった
  はずなのに・・・。

  でも、十年間あなたを好きだった自分を、私はなんだか愛おしく思っています。
  私らしいでしょう?

  今、三十歳になったあなたは、いったいどんな人になっているのでしょうか。
  どんなお医者さんになっているのでしょうか。
  そして、どんなご主人になっているのでしょうか。

  私はあなたと過ごした短い時間を今でも後悔していません。
  いつまでも、きっと小さな宝石のように胸の奥底に抱きしめて大切にして生きていくのだと
  思っています。

  これが最後の手紙です。  
  どうか、あなたのこれからの日々がすばらしいものとなりますように。
                                            理沙


 僕は、理沙の手紙を読み終わると、なんだか自分の馬鹿さ加減に今更ながらにあきれ、
しばらくぼうっとしていた。

 理沙との十年前の約束。
 理沙は僕を十年思い続けていた。そして、僕は理沙を嫌いになってなんかいない。
 それは、僕が結婚していようと、していまいと、関係のないことだ。
 僕は、理沙を嫌いになったことなど、一度もない。
 僕は、十年間、逃げていただけなのだ。自分の力の無さから、決断力の無さから、そして、
理沙という一人の女性と本当の意味で向き合うということから。
 
 その時、僕は初めて理沙の十年前の手紙の本当の意味を知った。
 理沙は十年間という長い間、僕が成長し、変わるに十分な時間を静かに待っていてくれたのだ。

 僕は、上着と車のキーを握って、実家を飛び出した。(続)


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はりなたる

こんにちは☆
理沙さんの手紙、静かな分、胸にせまるものがありますね。勝手に便せんやペンの色まで想像して、ドキドキしながら読んでしまいました(^^;)あぁ、続きが気になります(>_<)
by はりなたる (2006-01-26 08:52) 

武田のおじさん

うお~~~~っ。いよいよクライマックスですかぁぁ~~~っ?
果たして、どのような展開が待ち受けているのか!?
おじさんの願う結末を迎えるのか?はたまた予想外の展開を見せるのか!?
乞うご期待!!!!
って、予告編のナレーションじゃないって!!(爆笑)
by 武田のおじさん (2006-01-26 09:22) 

ニライカナイ店主

はりなたるさんへ>
読んでくださって&ナイスありがとうございます。
私も自分で書いているくせに、頭の中で常に映像のようにその姿が浮かんで
しまいました。なんだか変ですね、著者がそんなことを思うのは・・・。
便箋のことを想像してくださるのは、書き手としてはとてもうれしいです。
読んでくださる方の想像にお任せしたいと思っていましたので・・・。
by ニライカナイ店主 (2006-01-27 00:33) 

ニライカナイ店主

武田さんへ>
いつもナイスとコメント、そして読んで下さってありがとうございます。
まだまだこれから・・・です。ご期待ください・・・なんて言ってしまって
大丈夫でしょうか?・
by ニライカナイ店主 (2006-01-27 00:35) 

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