SSブログ

真実(いま)が見えるルポ 「ある漂流者のはなし」吉岡忍 [人生や物事について考えたいときに]


「ある漂流者のはなし」 吉岡忍 ちくまプリマー新書 2005年6月初版

ある人に薦められて、この本を読み始めた。
ちょうど、その人とはメールのやりとりをしていて、本について何度か話しをしていた。
私がある本についての話を書いてメールをしたところ、その人からも
「今日読み終わって、ちょうどあなたに薦めたい本があったところ」と返事が来た。
それがこの本だった。

吉岡忍氏は、ルポライターとして、また、コメンテーターとしてご存知の方が多いと思う。
今回のこの作品も、武智三繁さんという佐世保の漁師が37日間太平洋を漂流し、
銚子沖のかなり離れたところで発見されるということを核とはしているのだが
そのことだけが書かれているわけではない。

作品の中でも吉岡氏は書いているが、忘れ去られようとしている大切なこと、
「人間が人間であること、普通が普通でありつづけること」が難しい時代だからこそ、
2001年に起こった武智さんの漂流について、今、みんなに伝えたいのだという。

それは、ちょうど武智さんが「時の人」となり、インタビューに対して
「人間て、なかなか死なないものだ」と言ったその半月後、9.11テロが起き、
この世界は多くの人間があっという間に死んでしまう世界に変わってしまったことと
大きく結びついている。

一人の人間の生死ぎりぎりのところをみつめることで、
多くの命の意味とそれを奪うという行為を逆説的に実感しようという試みかもしれない、
と私は感じた。

この作品では、武智さんの生い立ちから、漁師になるまで、共に漂流する船を
手に入れる経緯に至るまで丁寧に書かれている。
それらのことが、あとから漂流中の武智さんの心象を感じ取るために、
実は大きく影響してくるのだ。

そして、漂流のさなか、武智さんが感じたこと、それも本人にしかわからないその「感じ」を
吉岡氏はねばりづよく言葉として引き出している。
それらはとてもリアルな言葉だ。
それを体験した人でなければおそらく話せない、わからない生死の境界。

私が武智さんという人の人となりを強烈に感じたのは、助けられたまさにその時、
発見してくれたマグロ延縄漁船の乗組員たちに対して、
「申し訳ない気持ち」「早く漁場に行って、少しでもいい漁をしたい気持ちはわかっている」と
述べていることだ。
こういう人がいる、こういう人が日本人として生きている、ということを誇りにしたい。
こういう気持ちをもつ普通の人たちは、どんな理由があろうと
大量殺戮など、むごい犯罪など、することはないのだろう。

武智さんは、最近では務めをしていたのだが、この取材が行われた頃には心労が重なり、
一時入院していたという。
そこで、多くの心と精神がゆがんでしまった人々と出会う。
みんな、その世界で真面目に一生懸命働いてきた人たちだった。

「今の世の中、ほんとに病んでるな、と思い知らされました」
「戦争なんかやっている暇はないんじゃないか、こっちの方がずっと大変な問題」
と語ったという。
武智さんの言葉のとおりだと思う。

吉岡氏はそれらのことが伝えたくて、今こそ、このレポートを世に送り出したのだ。
それを私自身も受け止めつつ、武智さんのことを、言葉を、忘れずにいたいと思う。

※5月15日までPCメンテのため、お返事、訪問等ができなくなります。
 その後、お返事等書いて行きたいと思いますので、今後も当ブックカフェをよろしく
 お願いいたします。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

ある漂流者のはなし

ある漂流者のはなし

  • 作者: 吉岡 忍
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2005/06/06
  • メディア: 新書


nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 2

武田のおじさん

人生ほんとわかりませんよね~。自分自身病気ではないけど、いつどうなるか・・・・。電車事故、交通事故など、突然ふりかかる生死の境目。。。
にもかかわらず、のべ~と生きているおじさんの神経は狂っているのでしょうか・・・?
by 武田のおじさん (2006-05-08 11:25) 

ニライカナイ店主

武田さんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。やっと店開きです。レス遅くなって
失礼しました。
人生何が起こるかわからないけれど、その中でどう対応するのか・・・
それはそのときになってみないとわからないような気がします。
この方の場合も、欲もなく、質素な生活の中でこういう事件に遭遇します。
自分なら「こうしたかも?」というあがきもせず、自然の流れに抵抗しない
方法で結局は自分を守ったのか、とも読み取れます。
いずれにしても、今の世の中を見る鋭い指摘は胸を突くものがありました。
by ニライカナイ店主 (2006-05-15 20:22) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。