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堅苦しくないのでぜひ一読を 「市場には心がない」 [人生や物事について考えたいときに]


「市場には心がない 成長なくして改革をこそ」 都留重人著
 岩波書店 2006年2月初版

しばらく文学作品を続けて読んでいたのだが、久しぶりにこういう本を読みたくなった。
タイトルに惹かれたのである。

「市場」と「心」。そして、成長なし。

いったい、市場というものに心はあるのか。ない、と著者は言っている。

ちなみに、著者は1912年生まれ、経済のプロともいえる人で、日米の関係にも詳しく、
一橋大学学長、朝日新聞論説顧問、明治学院大学教授、一橋大学名誉教授を歴任している。
5年ごとにまとまったご自分の考えをまとめた著作を残すことをライフワークとされていたようだ。
この作品も、その一冊であり、そして最後の一冊となった。

著者はまえがきで、このタイトルをつけたことについて、小泉政権が説くところの
「改革なくして成長なし」ということばの改革の中心である、市場の自由化において言われている
「市場の失敗」や、「人間生活の福祉からの逸脱」、その他の弊害をあわせ、市場化による
マイナス面が語られていないことをこの本で重点的にとりあげ、そのことを「心がない」という
表現で表したのだという。

この本では、小泉政府の批判、というよりも弱点、穴を淡々と項目を挙げて具体的に語っている。
決して、感情的にならず、多方面から事実を述べているだけなのだ。
しかも、小難しい言葉を使わず、普通の表現で、やむなく専門用語を使うときには
説明をつけているところがありがたく、「いろんな立場の人に読んでもらいたい」という気持ちが
伝わってくる。

「改革なくして成長なし」という小泉政権に対する対抗意見として、民営化、
成長の考え方(捉え方、計算方法)、高度情報社会の功罪、少子高齢化の問題などから
具体的に、わかりやすく切り込んでいる。

特に、最後あたりでは、日本の世界における立場についてページをさいているのだが、
アメリカからの独り立ちと、アジアの中でどう日本は生きていくか、
あるいは地球という大きな視点の中でどういう立場をとるべきなのかを問いかけている。

多くの外国人が日本を外から見て不思議に思っていることは多くの方はご存知と思う。
オランダの学者の「日本は優秀な官僚組織を持っているが、国策における重要な調整で
イニシアチブをとる“政府”をもっていないみたいだ」、という言葉は耳がいたい。

また、私達が習ってきた「非核三原則」に密約があり、密かに持ち込まれている状況などに
ついては、アジアの国々にしてみれば、日本国民全体の意識が疑われても仕方がないだろう。
唯一の被爆国でありながら、核を「絶対悪」と会見で述べたところ、「必要悪」と言い直すように
アメリカ側から説得された1960年代当時の外務事務次官の心を推し量ると、
いかばかりの思いだったか、と思う。

そして1968年、佐藤栄作首相はこの密約付の「非核三原則」を理由にノーベル平和賞を
受賞することとなる。

著者が何度も「非核三原則の貫徹」を叫んでいるのには、今も続く沖縄を初めとした
日本各地の米軍基地の状況がある。
そのことは、沖縄に少しでも興味のある方、そして他の米軍基地付近にお住まいの方なら
きっと複雑な気持ちで日々感じているところと思う。

著者はこの問題にも触れ、米ロ冷戦の終結を迎え、今こそ「非核三原則の貫徹」をアピールし、
それこそがアジアにおける日本の新たな役割を担っていくはずだ、と力説している。
それはもちろん、中国を視野に入れての話である。
このままでは、日本はまたもアメリカの力に振り回されてしまうことを
暗に語っているのではないか。

アジア、そして地球の中の日本として、自らの足元をもう一度見直すチャンスなのだと
この著作を読むと感じる。

そして、最後の章で、私と著者の意見が一致したと確信した。
著者は、多くの学者の説(古くはアダム・スミスから)を引用しながら、
経済的成長と人口増は本当に人間にとって幸福なのか、と問いかけている。

人間にとって、本当の豊かさとは、どういうことなのか。

現在のようにがむしゃらになって死ぬ直前又は心身ともに病むまで働いても幸福感が得られず、
その対価としてそれなりの賃金をうけとることなのか。
働くことに喜びを見出せず、モノづくりから遠くはなれ、何のために疲弊しているのかも
わからない状況なのか。
正職員と同じ仕事をしながら、嘱託やパートとして、不安定な立場にありながら、
とにかくは更新が続くことを祈ることなのか。
そして、そんな働く大人たちを見て、定職につこうとしない冷めた目の一部の若者達。

著者は、自分の子どもの頃の生活を書いている。
そう田舎ではない場所で、鶏を飼い、卵をとりに行くのが楽しみだったという。
海岸沿いの景観は美しく、それは都会も変わらなかった。

工業地帯の開発、ゴルフ場開発、就業場所の集中・・。
そして、日本は本当の豊かさを失ったのではないか。
時間、景観、自然、空気、余裕、生き方。
著者は様々な角度から、「成長なくしても日本はいい方向にかわれるのではないか」と
私達に問いかけている。
経済も、人口も、無理な増やし方をしなくても、日本が進むべき道が別にあるのではないか、と。

私も実はずっと無理な少子化対策(全く的をはずれている。今ある国の制度を維持せんと
するために子供を産もうと考える女性など今はいるはずもない)や、
人口がこの小さな島国で増えていくことがいいことなのか、
年齢構成のアンバランスを補ういい方法があるのではないか、などとずっと考えていた。

そして、組織の中でがむしゃらに働いても何も残らず、体を壊すだけだということも知っている。

同じことを考えている人が、それもこんなに豊富な知識と経験を持った方にいた、
ということは大変嬉しかった。

しかし、今政府がやっていることに、文句ばかりつけるわけにはいかない。
そう、その方向性を決めるのは、実は選挙権を持つ私達なのだ。

一部数式が書かれた部分を除けば、そんなに難しくはない。
(政府の成長率の計算=成長会計の公式の部分だけ。これは説明文でフォローできる)
だから、ぜひ多くの人に手にしてもらい、自分の興味のあるところだけでいい、
一章だけでも読んでもらいたいと思う。

著者は、2005年の11月にこの著作の最終章を書き上げ、
そして翌年、この本が出版された2月に亡くなった。

生前、お名前は新聞や雑誌でお見かけしていたが、これからは遡って著作を読ませていただき、
遺された思い、考えを更に知りたいと思う。
ご冥福をお祈りしつつ、こうして本というかたちでこれからもお付き合いできるありがたさを
かみしめている。

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※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

市場には心がない―成長なくて改革をこそ

市場には心がない―成長なくて改革をこそ

  • 作者: 都留 重人
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2006/02
  • メディア: 単行本


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コメント 5

はじめまして。
小難しい言葉を使わないというところがいいですね。
わたしにはほんとに助かります^^;
こんど読んでみようかと思いました。
by (2006-07-05 11:55) 

さわこ

本当にノンジャンルと言うか、幅が広くて尊敬です。
宗教関係だったり歴史書だったり数学の本は時々読むんですが
政治・経済はからっきし。でもこれは私小説的な側面もあるのかしら。
興味もてました。
by さわこ (2006-07-05 21:22) 

ニライカナイ店主

よむねこさんへ>
ナイス&初のご来店ありがとうございます。内容を書いてしまっては
これから読む方にはつまらないし、でも読んで感じるところのあった
本はぜひお薦めしたい・・・表現になやむところですが、そう受け取って
いただけて感謝です。
また気軽に遊びにきてくださいね。そちらにもうかがいます。
by ニライカナイ店主 (2006-07-07 08:51) 

ニライカナイ店主

さわこさんへ>
ナイス&ご来店ありがとうございます。私もさらに専門的になってしまうと
ペースが落ちるんですが、この著者はやはり文章がうまいのでしょう、
つかえることなく読むことができました。私小説、というよりもご本人が
社会の中で思うところをなるべく多くの層に知ってもらいたくて噛み砕いて
書いている、訴えている、という感があります。特にこの本については、
命を削って書いたんだなあ、と思うと特別な感慨があります。
こうした政治的にも区切りの時期なので、機会があったら手にして
いただければ、という一冊です。
by ニライカナイ店主 (2006-07-07 08:57) 

Lily

はじめましてLilyです。
検索して見つけました。
読まれた本について簡単かつ分りやすく解説していただいて
読んでいない本を読んでみようかなと思います。
これからもいろいろな本について紹介してください。
有難うございます。
by Lily (2006-08-01 20:44) 

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