SSブログ

新たな手法で永遠のテーマを描く 「被爆のマリア」田口ランディ [人生や物事について考えたいときに]


「被爆のマリア」 田口ランディ著 文藝春秋 2006年

この本は、4つの中篇から構成されている。
テーマを貫くものはタイトルが示すとおり、「原爆」だ。

広島の原爆による残り火を結婚式のキャンドルサービスに使えと
父に言われた娘の葛藤を自然なスタイルで描く「永遠の火」。
子どもの頃の放射線治療により周りの子よりも背が低い少年と
広島の語りべの女性との邂逅を描く「時の川」。
ライターである女性が原爆という視点以外からはじめて見た広島の新鮮さに驚く「イワガミ」。
そしてタイトルにもなっている「被爆のマリア」だが、これは長崎で奇跡的に頭部のみ残った
マリア像を心から信じる不器用な生き方しかできない若い女性の話だ。

いずれも、いわゆる原爆問題をテーマの根底に置きながら、今を生きる人々の中で、
それも直接ヒロシマやナガサキの被爆にはかかわりのなかった人々から見た
あの日からのヒロシマ、そしてナガサキをマジックにも近い手法で描いているのである。

この作品集はきっと、今まで「原爆の悲惨さ」とか「唯一の戦争による被爆国」というものが
苦手だった方でも、すっと入っていける作品ばかりである。

もちろん、原爆についてある程度の知識や第二次世界大戦について詳しい方が読んでも、
きっと新しい視点でその思いを整理できるのではないか、とも思う。

私の心が最も強く反応したのは「永遠の火」だった。
戦争のことなど、ましてやヒロシマのことなどよくわからない女性が、
結婚式でキャンドルサービスをすることになるのだが、
その火を「ある人から分けてもらったヒロシマの火を使え」と父から迫られ、話はこじれていく。

私も最初はうーん、これは結婚式というおめでたい門出とヒロシマの残り火というのは
いかがなものか、と感じながら読み進めたのだが、最後には主人公達と同じ気持ちになる。
その変化までの展開は著者の手腕によるものと思う。

いずれの短編も、大変新鮮な視点である。
あるいは、「これは正面から見るもの」と思い込んでいるものを、
少々斜めから眺めてみたら、全く違った風景に変わった、とも言える。
しかし、あくまでも根底にあるものは変わらない。
著者もそのことをわかっていて、あえて今の著者が描ききれる視点から
一つの真実を切り取っている。

この作品によって、受け取ったものを大切に心であたためていきたいと思う。

被爆のマリア

被爆のマリア

  • 作者: 田口 ランディ
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2006/05
  • メディア: 単行本


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。